20.ひさしぶり
「悪い、もうちょっといいか。凄く大事な話がある」
俺はそう言って引き留めると、二人は足を止めて振り返った。
大事な話とは他でもない。先日、不運にも抱えてしまった大きな爆弾の件である。
「珍しいね、柏原くんから大事な話なんて」
「え~、なに~? おしっこ行きたいから早くしてよ~」
相沢はニコニコと笑顔を浮かべ、恵は寒そうに背中を丸めている。
練習中だし早急に用件を済ませよう。そう思ったのだが――。
「あ、もしかして私がお漏らしするの期待して――」
「してねぇからな??」
恵が全力で話の腰を折ってきたので、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
俺は琴穂が好きなのであって、尿道の緩い子が好きな訳ではない。変な性癖を押し付けるのは辞めて頂きたいものだ。
「てか、そんなに我慢してるなら先に行ってきていいぞ」
「大丈夫大丈夫。あと1琴穂くらいは何とかなるよ」
「琴穂を指標にするのやめろ」
ちなみに1琴穂とは約30分の事を指している。
修学旅行のバス移動時、琴穂がよく「あ、あと30分くらいなら……」と言っていたので、便所を我慢する指標として2年1組の女子の間で流行った。
って、話が逸れたな。そろそろ本題に入っていこう。
「すまん恵」
「え、なに急に」
「俺達が転生者だって夏美にバレちまった」
「は??」
俺はそう言って手を合わせると、恵は目を丸めて驚いていた。
予想してた通り半ギレである。そりゃ、親しい友達に転生者とバレたら嫌だよな。
此方は未来を知っているが故に、向こうからは打算的な人間だと思われる恐れがあるのだから。
「ちょ……マジありえないんだけど。本当なら流石に怒るよ??」
恵はそう言って俺に迫ってきた。
物凄く不機嫌な表情をしている。今にもビンタしてきそうな勢いだ。
しかし――。
「待て恵。紛れもなく事実だけど……お前の正史ノートを見られてバレた」
「……」
俺はそう指摘すると、恵は冷や汗を垂らしながら目線を逸らしてきた。
元はと言えば、正史ノートの管理が杜撰過ぎたのが原因だ。自業自得だし断じて俺は悪くない。
「はぁ~。けど最終的に白状したのはかっしーなんでしょ」
「しょうがねぇだろ。夏美は中里や金剛の事まで調べてたし、流石にシラきれねぇよ」
「なっちゃんなんて勢いに任せて逆ギレすれば巻けるでしょ!」
「俺に当たるんじゃねえ」
恵はだいぶ不貞腐れている。
ただ、ここまでは想定内だ。後は親友の一声でひっくり返せるか、という部分である。
「よぉ。逆ギレすれば巻ける女が来てやったぞ」
そう言って姿を現したのは夏美だった。
彼女はニヤニヤと笑みを浮かべている。一方、恵は気まずそうに目線を逸らした。
「悪いな。勝手に詮索して」
「はぁ……なっちゃんだけには絶対に知られたくなかったのに」
夏美は迫りながら謝ったが、恵は相変わらず視線を逸らしている。
すると夏美は、恵をギュッと抱き締めて、耳元に顔を近付けた。
「ごめんな、私が些細な事で怒ったせいで辛い思いさせて。正直、あんまり覚えてないというか、柏原から聞いただけなんだけど……それでも謝らせて欲しい」
夏美はそう囁くと、恵も夏美の体に手を回す。
その大胆かつ意外な行動に、俺と相沢は言葉を失っていた。
「……ううん、悪いのは私だよ。無神経だったよね」
「いやまぁ、私の記憶は曖昧なんだけどな。ただ、ずっと抱え込んでたのは恵なんだから、それは謝らせてくれ」
「ふふっ、そっか。じゃ、私からも一ついい?」
ようやく恵に笑顔が見えたのも束の間、恵は夏美を突き放した。
そして次の瞬間、恵は一瞬だけ夏美の唇を奪うと――。
「なっちゃん、ひさしぶり。会いたかったよ」
そう言ってニコッと微笑んだ。
この「ひさしぶり」とは、正史で仲違いした本来の夏美に向けて放った一言だ。
今の夏美は一部の記憶があるだけで転生者ではない。それでも恵は「再会できた」という事にした。
「えっ……ちょ……お、おまえ何してんの!?!?」
唇を奪われた夏美は顔を真っ赤にしている。
やはりというべきか、真実を知られても恵夏のパワーバランスは変わらない。
何処まで行っても恵は弄る側であり、夏美は振り回される側なのだ。
「ふふっ、なっちゃんが私を弄ぼうなんて100年早いよ~。さ、おしっこおっしこ~」
「うっせ! あとそういうのはオブラートに包めや!」
「いやですぅ~。だってうんちだと思われたくないしぃ~」
「小学生かっ!」
恵と夏美はそんな言葉を交わしながら、女子便所に消えていった。
キスの後にやる事と言えばアレしかない。今なら如何なる用途でも使う事を許可しよう。
まぁ……ここは都大二高のグラウンドだけど。
「相沢、こうなったら夏美の記憶を全部取り戻す事って出来ないのか?」
「無理無理。それが出来たら実質転生者だけでチームを組める事になるからね」
「ああ、そうか。じゃ、俺も便所行ってくるわ」
「頼むから便所の壁は汚さないでね……」
「抜く訳じゃねぇよバカ」
「(柏原くん重度の百合豚だから信用できない……)」
そんな感じで、今日の打ち合わせは終わりになった。
ちなみに、俺は腹が冷えて痛くなってきただけである。個室には入ったけど、断じて抜いた訳では無い。