18.本当の仲直り
「え……恵だけじゃなくて柏原もなん……?」
「え……?」
その瞬間、俺は心の中で「やっちまった」と叫んでしまった。
なんてことはない。夏美は恵だけが転生者だと思っていたにも関わらず、自分の分まで白状してしまったのだ。
くそ……あんな責められ方されたら二人に向けて言ってると思うだろ。
夏美の問い詰めが下手糞だった結果、俺は勘違いして自爆してしまった訳だ。
なにはともあれ、もう後戻りは出来なくなった。
夏美には他言しないよう訴えるしかない。話を大きくしない為にも、恵や相沢にも隠し通したい所だ。
「逆に俺は違うと思ってたのかよ」
「え、ああ、うん。恵の秘密を二人で共有してるのかなって」
「……なるほどな」
夏美は少し戸惑いながら、さりげなくガムシロップを2つ追加している。
この状況でも糖分を妥協しないのは流石と言うべきか。もう4つ目なので相当甘ったるくなってるとは思うけども。
「そっか、二人とも未来人なのか。なんつーかスゲーな。改めて聞くと実感ねぇや」
「頼むから他言しないでくれよ。これから伸びる株でも平成の次の元号でも何でも教えてやるから」
「はは、言わない言わない。てか本当に未来が分かるんだな」
夏美そんな事を言いながら、少し寂し気な表情を見せた。
彼女にとって、恵は非常に親しい友達だ。それが同じ土俵ではない人間だと知って、何となく距離感を感じてしまったのだろう。
「ところで、いま何でも教えるって言ったよな」
「ああ、知ってる事ならな」
ふと、夏美は再び真剣な表情を見せた。
今度は何を聞かれるのだろうか。もう怖くて怖くて仕方がないまである。
「夢の世界でさ、私と恵は何故か仲違いしていて、恵は高校の時に亡くなってたんだよ。その件について教えて欲しい」
夏美はそう問い掛けると、俺は言葉に詰まってしまった。
これはシラを切れる質問だ。何故なら俺は本来なら富士谷に居ないので、富士谷の出来事は「知らない」と言い張る事が出来る。
ただ、これで恵に直接聞かれたら本末転倒。なにより、今の主導権は夏美にあるので、迂闊に抗えないのも事実だった。
「いいけど恵含めて絶対に誰にも言うなよ」
「ああ、言わねーから安心しろ」
それから、俺は本来の恵夏と恵の未来について少し語った。
比野台との練習試合の時に、恵が夏美に試合に出るように強要して仲違いした事。
恵は高校3年の夏に急性白血病を患い、18歳の誕生日を迎える前に命を落とした事。
そして都大三高の春夏連覇を阻止すれば、恵の死を回避できるかもしれないという事。
相沢という転生博士がいるという事も含めて、恵に関する事は出来る限り伝えた。
「恵、マジで死ぬのかよ……」
「わかんねーけどな。もう回避してるかもしれないし、このままじゃダメかもしれない」
「そっか。皆に隠してたのは、やっぱ心配させない為か?」
「それもあるけど、単純に俺達が未来人ってバレたくなかったからだな。アイツが最初に言ったんだよ、青春は打算で動いたらつまらないって」
「ははは、恵らしいな」
夏美は半笑いを浮かべると、外を眺めながらガムシロップを1つ手に取った。
もう止めとけよ、と出掛かった言葉を何とか飲み込む。すると夏美は申し訳なさそうな表情を見せた。
「ごめん柏原、やっぱ約束守れねぇわ」
「え?」
「私は恵に謝るよ。私が些細な事で怒ったせいで、恵はずっと悩んでたんだろ。だったら……」
「いやいやいやいや、絶対やめとけ。今度こそ本当に関係が崩れるぞ」
とんでもない事を言い出したので、俺は全力で止めに掛かった。
それだけは絶対にいけない。話が大きくなってしまうし、恵と夏美の関係性が崩れる可能性もある。
俺の自白でバレたと分かれば、間違いなく俺にも当たってくるだろう。
「我儘なのは分かってる。けどやらせてくれ。だって……まだ本当の仲直りは出来てないと思うんだ」
しかし、夏美は全く聞く耳を持たない様子だった。
くそ、無駄に真面目な性格してるな。主導権が夏美にある以上、こうなってくると止める事は出来ない。
「はぁ……分かったよ。いいか、絶対に他の部員には言うなよ」
「サンキュー、恩に着るぜ」
俺は諦めたように言葉を吐くと、夏美は少し嬉しそうに笑みを溢した。
やれやれ、面倒な事になったな。恵の琴線に触れないと良いのだが……。
「あ、最後に一ついいか」
「なんだよ」
お互いにコーヒーを飲み干した頃、夏美はまた問い掛けてきた。
もう勘弁してくれ……と思いながら、俺は耳を傾ける。
「秘密を知っちゃったけど……これからも普通に接して欲しいな。なんか今日の柏原、すげー怖かった」
夏美はそう言って、恥ずかしそうに目線を逸らした。
怖いのはお前だよ、と言いたい所だけど、確かに警戒心を露にし過ぎたかもしれない。
決心して核心に迫った彼女としては、口止めの為に殺されるかもしれない……とすら思ったのかもしれないな。
「じゃ、こっちも最後に一ついいか」
「なに?」
「仲直りの口付けくらいは期待していいんだよな?」
「何言ってんだお前……」
さて、舞台のセッティングくらいはしてやるか。
こうなったらヤケクソだ。久々の恵夏チャンスだとポジティブに捉えよう。