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17.痛恨の自滅

 2012年1月3日。俺はJR中央線の日野駅を訪れていた。

 まだ富士谷の練習は年末年始休み。帰国してから琴穂にも恵にも会えていない。

 その中で、何故か夏美に呼び出されたので、日野という僻地まで来るに至った。


「わりぃな。こっちまで来てもらっちゃって」

「おうよ。暇だし定期圏内だから別にいいって。それより大事な用事ってなんだよ」

「まぁまぁ。立ち話もなんだし、華恋の両親がやってる喫茶店行こうぜ」

「華恋……ああ、比野台の大城か。年末年始だけどやってんの?」

「大丈夫。今日は開いてるって(ま、開けて貰ったんだけどな)」


 やがて夏美と合流すると、遅球の女王こと大城華恋の両親が経営する喫茶店に誘導された。

 唐突に何の用事だろうか。まさか告白って事はないだろうし、謎いビジネスや宗教に勧誘されないか不安である。


「なんつーか、不気味なくらい静かだな」

「年末年始だしこんなもんだろ」


 という事で、舞台は変わって個人経営の小さな喫茶店。

 本日は開店しているとの事だったが、俺達以外の客は見受けられなかった。

 

「ところで……柏原って、本当は関越一高に行く予定だったんだってな」

「ああ。よく知ってるな」

「琴穂から聞いた。んで、恵に勧誘されて富士谷に変えたんだっけ」

「まぁそんな感じだな。それがどうかしたか?」


 俺と夏美はコーヒーを片手に言葉を交わしていく。

 大事な話と言うから身構えていたけど、今のところ大した話ではなさそうだな。

 俺の入学経緯なんて聞いて何が面白いのだろうか。


「えっと、恵には何て言われて勧誘されたんだ?」

「え?」

「琴穂が目的なら、恵の一声がなくても富士谷を選んでる筈だろ。関越一高から富士谷に変えた決定打は何だろうなって」

「そんなに気になる事かそれ」

「ああいや、亜莉子が気にしててさ。恵がどんな口説き文句を使ってるか知りたいみたい」

「そういう事か。なんて言われたかまでは覚えてねーけど、恵の迫真の演技に負けた感じだな。当時は本当に女神か何かだと思っちまった」

「ふーん……」

 

 そこまで話すと、夏美は目を細めて睨んできた。

 なんだろう、今日の彼女は得体の知れない怖さがあるな。

 何処となく責められてる感じがするし、早急に用を済ませて帰りたい所だ。


「てか、大事な話ってそれ?」

「いや……ええっと……ああもう! やっぱ回りくどいの無理だわ」

「なんだよ急にキレて」


 突然どうした、と思いつつも耳を傾ける。

 果たして、もったいぶった本題とは如何なる物なのだろうか。


「恵の鞄から出てきたノートの一部なんだけど……私はこれの真実を知りたい。柏原は知ってるんだろ?」


 夏美は印刷された写真を突き付けると、俺は言葉を失ってしまった。

 写真に写っているのはノートの中身。女の子らしい丸みのある文字で、無数のスコアと一言メモが書かれている。

 それも一部は存在しないスコア。いや……正確に言うなら、歴史を変える前のスコアだった。


 このノートは他でもない。

 恵が記憶の限りを尽くして記録したノート……正史ノートである。

 管理が杜撰すぎた結果、一般人の夏美に見られてしまったのだ。


 落ち着け……落ち着け俺。

 まだ転生の存在がバレた訳では無い。現実的に考えて、死に戻りやタイムスリップの類が起きるなんて思わない筈だ。

 しらばっくれる隙は幾らでもある。そういう事にして一旦落ち着こう。


「さっき柏原、関越一高に入る予定だったって言ってたよな。このノートだと柏原は関越一高の投手として出てるんだよ」


 そう思ったのも束の間、夏美は淡々と畳みかけてきた。

 クソが……最初の会話は伏線だったのかよ。琴穂にペラペラ話し過ぎたのも迂闊だったな。


「ノートの富士谷では中里と金剛って投手が出てるけど、中里は野球推薦で落ちて、金剛は柏原のピッチング見て入部を諦めたんだってさ」


 そして事前調査も恐ろしく念入りに行われている。

 もう一つ、夏美は完全に勘付いている。だから他校の中里にまで接触して調査した。


「それと夢で見たんだ。柏原や堂上が居なくて、中里や金剛が居る富士谷野球部を。物凄くリアルな夢だったし、杉山ってのも含めてメンバーはノートと一緒だった」


 相沢が言っていた「転生の存在を知ると夢に出る」という現象も完全に一致。

 あまりにも怒涛の畳みかけに、俺は言葉を失ったまま聞く事しか出来なかった。


「なぁ柏原……本当の事を教えてくれよ。柏原が富士谷ではなく関越一高に居た別の世界線みたいなのがあるんだろ……?」


 夏美はそこまで語ると、何時にもなく真剣な表情で訴えてきた。

 もはや言い逃れの余地はない。彼女は確信を持って問い詰めてきている。

 尤も、まだ討論としては隙だらけだが、夏美の真剣な眼差しに抗えそうになかった。


「……何時から気付いてた?」

「甲子園でこのノートを見て、その晩に妙にリアルな夢を見た時からだな。あと1月に受験が終わる柏原が、3月に受験する琴穂を追い掛けるってのも違和感があった」


 彼女の言う通り、本来であれば琴穂が富士谷に受かる保証はない。

 もう一つ「転生なんて信じる訳がない」と思い込んで軽率な発言も多かったと思う。

 こうなってくると、恵ばかりを責める訳にはいかないな。

 

 取り敢えず、今やるべき事は被害を最小限にする事だ。

 夏美には事実を認めよう。そして二人だけの秘密にして、恵や相沢も含め他所には絶対に漏らさない。

 恵には申し訳ないけど、これ以外に良い方法が思い付かなかった。


「はぁ……分かった、教えるよ。夏美の言う通り俺達には未来の記憶がある。説明すると難しいけど、別の世界線ってよりはタイムスリップに近いかな」


 俺は諦めたように言葉を溢すと、夏美は目を丸めて驚いていた。

 なんで今さら驚くんだよ、と思ったのも束の間、夏美は震えながら口を開く。


「え……恵だけじゃなくて柏原もなん……?」

「え……?」


 その瞬間――俺は心の中で「やっちまった」と叫んでしまった。

 

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