14.日本が誇る消えた逸材
12月26日。本日もラティーノアメリカーノ球場を訪れていた。
昨日とやる事は同じなので前置きは割愛。試合を始める前に、本日のオーダーから見ていこう。
【東京選抜】
遊 ⑥宮城(国修館)
二 ④久保(八玉学園)
三 ⑮相沢(都大二高)
一 ③松岡(関越一高)
右 ⑨堂上(富士谷)
投 ⑧柏原(富士谷)
左 ⑩北潟(成律学園)
捕 ②木更津(都大三高)
中 ⑲小西(東栄学園)
【キューバ選抜】
中 モリーナ
右 パルメイロ
二 ティアント
左 R.エルナンデス
一 A.マルティネス
遊 ペレス
三 A.エルナンデス
捕 ゴメス
投 ゴンザレス
東京選抜の先発バッテリーは予告通り俺と木更津。
また、前日とは打って変わって技巧派の野手が優先して起用された。
木田というジョーカーを欠いてるのは派手に痛いが、人生何十周目かも分からない相沢の奮起に期待したい。
「で、今日の相手ピッチャーはどうなんや」
「ゴンザレスはめちゃくちゃ球速い。150キロ以上は出るんじゃねーかな」
「フォークも結構キレるよね。制球にも破綻がないし、四死球にもそんなに期待できないかも」
「うーん、これは打てるか分からないなぁ。やってみないと分からん」
さて、本日の注目選手は先発投手のゴンザレスである。
彼はメジャーリーグでも活躍した右腕で、最速は159キロのストレートを投げる剛速球投手だった。
尤も、今は159キロも出ないとは思うけども。
「ま、宇治原より速いって事はねーだろ。俺らでサクッと点取ってくるわ」
先頭打者の宮城は、そう言って左打席に向かっていった。
本日は東京選抜の先攻で試合が始まる。果たして、府中史上最速とも名高いリードオフマンは出塁できるのだろうか――。
「(やはりジャパンの選手は昨日より小粒だな。ゴンザレス、ビビらせてやれ)」
一球目、ゴンザレスは外国人らしい大胆なフォームで腕を振り下ろした。
白球はド真ん中に吸い込まれていく。宮城は鋭くバットを振り抜くが――。
「ットライク!」
盛大に振り遅れてストライク。
ふとバックスクリーンを見上げると、球速表示には「155km/h」と表示されていた。
「はええええええええ! 宇治原の次くらいに!」
「まあ俺には遠く及ばんな。君らなら3巡あれば打てるやろ」
「なんでそんなに速い球を投げられるか分からん……」
東京選抜の面々は驚きを露わにしていた……が、その反応は薄いようにも思える。
事実として、俺もあまり驚かなかった。宇治原に慣れすぎて感覚が麻痺しているな。
「ットライク! バッターアウト!」
「(はえーな畜生。次はセーフティでも狙ってみるか)」
結局、宮城はバットに当たらず空振り三振。
宇治原で見慣れているとはいえ、高校生の155キロは例年なら異次元に速い。
流石の東京選抜でも、この投手から大量得点は難しいだろう。
「ボール、フォア!」
「(ッチ、ジャパニーズらしい小兵だったな)」
続く久保は14球を粘った末にフォアボール。
東京屈指のいぶし銀の活躍で、昨日の初回と同じ一死一塁で中軸に繋いだ。
しかし――。
「うわー、ゲッツーかよー」
「相沢のお兄さん、タッパないし中軸キツイんちゃうか」
相沢は平凡なゴロで6-4-3のダブルプレー。
都大会の成績なら木田と同等の彼だが、最悪の形でチャンスを潰してしまった。
「何やってんだよ」
「あはは。いや〜、初見の投手は難しいね〜」
相沢はヘラヘラ笑って誤魔化しているが……これこそが彼の欠点である。
東京の球児として人生を周回した相沢は、東京の有力投手ならバッティングセンター感覚で滅多打ちにできるが、そうでない投手には実力が発揮できない。
根が凡人であるが故に、初見投手への対応力は他より劣っているのだ。
※
攻守が入れ替わって1回裏、俺はラティーノアメリカーノ球場のマウンドに上がった。
フェンスの色は神宮と同じ水色。但し此方は内野席全体に屋根があり、バックスクリーンの前にも客席が確保されている。
東京の球場はライト側とレフト側に分かれているか、外野スタンドそのものが存在しないかなので、バックスクリーン前の客席は斬新だった。
「……サイドスローか。珍しいナ」
「ジャパンにウジハラ程の投手は残っていない。今日の試合は貰ったよ」
7球の投球練習は軽めに流していく。
その方がエンタメ的には面白い。と、木更津から指示があったので全力投球は隠し通した。
「俺は耳が良いから分かるけど、今日のメンツはだいぶ舐められてるみてーだぜ。初球は全力ストレートで度肝を抜いてやれ」
「おうよ。言われなくても初球は何時もそうだよ」
「知ってる。じゃ、頼んだぜ」
木更津はマウンドに駆け寄ると、そう言葉を交わしてからホームに戻った。
1回裏、キューバ選抜の先頭打者はモリーナ。190cmはありそうな黒人が左打席でバットを構えた。
「(右サイドの攻略は左のオレが重要になる。お手並み拝見といこうじゃないか)」
モリーナは昨日も1番で起用された絶対的なリードオフマンだ。
俊足なのは勿論、長打力も兼ね揃えていて、正史ではメジャーリーグでも活躍していた。
「(見せてやれ柏原。日本が誇るサイドスローってやつをな)」
一球目、木更津は内角のストレートを要求してきた。
いきなり内角かよ、とも思ったが、威嚇には近い球の方が良いと考えたのだろう。
俺はセットポジションから投球モーションに入ると、渾身の力で右腕を振り抜いた。
白球は構えた所に吸い込まれていく。モリーナは咄嗟に体を引くが――。
「ットライク!」
銃声のような激しい音と共に、白球は木更津のミットにピタリと収まった。
モリーナは目を丸めて呆気に取られている。一方、一塁側ベンチのキューバ人達も驚きを露わにしていた。
「サイドスローで147キロ!? 冗談だろ!?」
「素晴らしいピッチングだ。彼はキューバでも通用するだろう」
バックスクリーンの球速表示は147キロ。
最速には1キロ届かなかったが、インパクトを与えるには十分だったのではないだろうか。
「ットライク、ツー!」
「ボール!」
二球目、バックドアの高速スライダーは見逃されてストライク。
そして三球目の釣り球は見送られてボールになった。
木更津が遊び球を使うとは珍しい。3球でサクッと決めて来ると思ったが……。
「(シンカーで三振じゃつまらねーからな。こいつも見せてやれ)」
四球目、木更津の要求はスプリット。
わざわざお披露目する為にお膳立てしたのか。堀江さんには容赦なかったのに、今日は随分とサービスするな。
「(サイドだし決め球シンカーか? それともスライダー?)」
モリーナはバットを構え直すと、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は構えた所に吸い込まれていく。モリーナはバットを振り切ると――。
「ットライク! バッターアウト!」
「(お、落ちた!?)」
白球は手元で鋭く落ちると、モリーナのバットは盛大に空を切っていった。
木更津は鮮やかに捕球して空振り三振。念の為と言わんばかりにタッチしていた。
「最後の球は何だ!? 魔球か!?」
「信じられない変化球。まるで夢でも見ているようだ」
「おいおい、物理法則は何処にいったんだい?」
「サイドスローから落ちる球……。これがジャパニーズ・ベースボールか」
一塁側ベンチのキューバ人達は、信じられないと言わんばかりに両手を広げている。
サイドスローからのスプリット。これを見た事ある人は、野球先進国のキューバ人でもそう居ないだろう。
後続もサクサク抑えて1回裏は無失点。
俺と木更津の禁断のバッテリーで、試合の流れは東京選抜に傾こうとしていた。
東京選抜0=0
玖馬選抜0=0
【東】柏原―木更津
【玖】ゴンザレス―ゴメス