13.剛速球と豪快弾
筆者の外来語力は小学生未満なので、キューバ人の台詞は全て和訳済みとなっております。許してください。
12月25日。俺達はラティーノアメリカーノ球場を訪れていた。
ラテンアメリカでは最大級の野球場。その収容人数は55000人と言われているらしい。
これは神宮や甲子園よりも多く、我らが八王子市民球場で換算すると5個分の数字である。
流石に客席はガラガラだけど、規模の大きさを痛感させられた。
さて、本日の目的だが、言うまでもなく親善試合の1日目である。
尚、オーダーは下記の通りとなった。
【東京選抜】
遊 ⑯新井(二本学舎大附)
中 ⑧柏原(富士谷)
三 ⑤木田(都大三高)
一 ③松岡(関越一高)
指 ⑬大宮(早田実業)
右 ⑨堂上(富士谷)
左 ⑦勝吉(都大亀ヶ丘)
捕 ⑫土村(関越一高)
二 ⑭二俣(徳修)
(投) ①宇治原(都大三高)
【キューバ選抜】
中 モリーナ
二 モニエル
遊 ペレス
左 R.エルナンデス
一 A.マルティネス
三 M.ロドリゲス
捕 メヒアス
指 フェレール
右 モンテシーノ
(投) R.マルティネス
オーダーのコンセプトは「スケールの大きい野球」である。
という事で、野手は高校通算本塁打の多い人優先で、投手は一番速い宇治原が先発する事になった。
本日はDH制なので打てない本多も消化予定。この二人で投げ抜いて、残りの投手は明日以降の起用となる。
「ほな俺が日本の威厳ってのを見せたるわ」
「フォア祭りで恥晒すなよ」
「せーへんせーへん。狂犬くんもそんな溢さへんから先生抜きでも余裕や」
試合前、宇治原と木更津はそんな言葉を交わしていた。
ちなみに木更津は本日お休み。明日、俺と先発バッテリーを組む予定になっている。
今日はとにかく力でゴリ押す予定なので、技や頭を使う選手は後回しらしい。
「しっかし相手の注目選手とかサッパリ分かんねぇよな」
「うーん、キューバの野球は見てないから分からないなぁ。調べても出てこないから分からん」
「本当に何も分からないよね君……」
ここで一つ問題なのは相手の選手である。
というのも、此方はキューバの高校野球事情など把握していないので、選手の特徴がサッパリ分からないのだ。
尤も、それは「本来であれば」の話だが……。
「投手のマルティネスくんはスプリットとカットを使う本格左腕だよ。打線は皆パワーあると思うけど、4番のエルナンデスくんは別格かな」
「そうそう。あとショートのペレスは逆シングルからの送球が上手い。まぁノックを見た感じだけど」
相沢が饒舌に語ると、俺も便乗するように言葉を続けた。
ここには周平も含めて3人の未来人がいる。のちにメジャーや日本球界で活躍する選手であれば、なんとなく選手の傾向は推測できるのだ。
「おお、すげえ!」
「相沢のお兄さんは先生に負けじと博識やなぁ」
「うーん、なんで分かるのか分からん」
という事で、情報では僅かに有利を取れている。
たかが親善試合とは言わず、きっちり3連勝を取りに行こう。
※
さて、キューバ選抜の先攻で始まった1日目だが、最初に相手を驚かせたのはやはり宇治原だった。
「は、速すぎる……」
「素晴らしいストレートだ。ウジハラほど速い投手はキューバにもいないだろうネ」
160キロに迫るストレートを前に、キューバの選手は呆気に取られている。
いくらパワー自慢のキューバ人でも、この時代に高校生で160キロを投げる投手は見た事がないだろう。
一方、打線も負けてはいない。
1回裏、一死無塁で打席を迎えた俺は、150キロのストレートを流してライト前に運んだ。
シングルヒットで一死一塁。ここで日本が誇るキチガイ様こと木田哲人の打席を迎える訳だが――。
「嘘だロ……信じられねえ……」
「ボール球をフェンスまで……これがジャパニーズ・ベースボールか」
木田は釣り球を盛大に叩くと、センターフェンスの上部に直撃するタイムリーツーベースを放った。
打ったのは追い込まれてからの3球目。恐らく、注目される為にあえてボール球を待っていたのだろう
「流石キューバ人だね! 天才の僕をツーベースに抑えるなんて! ま、次はホームランにするけど! あはははははは!!」
木田は二塁ベース上で叫び散らしている。
相変わらず相手に失礼だが……言語の壁のお陰で伝わらないのは幸いか。
どちらにせよ、塁上で叫ぶクレイジーボーイだと思われているのは間違いないと思うが。
と、幸先の良いスタートを切った東京選抜だったが、試合は乱打戦の様相を呈してきた。
やはり土村では投げ辛いのか、宇治原は二巡目で捉えられて、キューバ打線も本領を発揮してきている。
一方、此方の打線は150キロ左腕に苦戦しながらも、要所で長打を放って追加点を挙げていった。
そして7回からは両チーム共に投手をスイッチ。
東京選抜は左腕の本多を送り込んだが、立ち上がりの制球が定まらず5失点を喫してしまった。
8回以降は抑えたものの、この失点の重みは計り知れない。
結局、計3本のホームランで反撃したが、同点に追い付くので精一杯。
最終スコアは8対8となり、痛恨の引き分けで1日目の試合が終了した。
「恐るべしジャパニーズ・ベースボール……。まさかここまでパワフルな選手が揃ってるとは」
「けど明日は俺らの勝ちだナ。向こうは今日がベストだろうけど、こっちは明日がエースだからネ」
グラウンド整備中、キューバの選手達はそんな言葉を交わしていた。
どうやら、マルティネスはエースではなかったようだ。
そしてキューバ的には明日が本番であり、今日はあくまで茶番と言いたいのだろう。
しかし、それは此方も同じ。今日はベストメンバーのようで実はそうではない。
東京選抜の最適解は、俺と木更津のバッテリーであり、この組み合わせこそが東京選抜の真髄なのだ。
「柏原、明日はよろしくな。分かってると思うけど、俺の言う通りに投げりゃ間違いねーからな」
「おうよ。任せたぜ」
木更津と言葉を交わしてから、俺は三塁側ベンチを後にした。
宿敵であり天敵との1日限りのバッテリー。明日は技で魅せ付けて、今度こそ大金星を挙げてみせる。
玖馬選抜000 102 500=8
東京選抜101 100 122=8
【玖】R.マルティネス、メンドーサ―メヒアス
【東】宇治原、本多―土村