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10.塵積の結果

「テメェ……何だァ今の球はよォ!!」


 スプリットを弾いた土村は、唐突に怒鳴り散らしてきた。

 俺は思わず表情を歪めてしまう。どう見てもノーバウンドで捕れる球だし、怒られるような糞ボールは投げてないのだが……。


「(ふふっ、どうやら土村くんは気付いたみたいだね)」


 守備陣も呆気に取られる中、サードの相沢はニヤリと笑みを浮かべていた。

 その表情は何か言いたげだが……俺が悪いとでも言いたいのだろうか。


「サイン無視かァ!? 良い度胸じゃねェかァ!」


 土村はマウンドに駆け寄ると、俺の胸ぐらを掴んできた。

 サインは間違いなくスプリット。言い掛かりも良い所である。


「んだよ、うるせーな。要求通りスプリットだったろ」

「あァ!? 軌道が全然違ったぞゴルァ!!」

「気のせいじゃねーの。だいたい軌道って、下に沈む以外になにがあるんだよ」


 俺と土村はそんな言葉を交わしていく。

 どうも話が噛み合わないな。俺は握りを変えた覚えはないし、落差が大幅に変わったとも思えない。

 強いて言うなら、深く沈むスプリット(ほぼフォーク)は覚えたけど、今投げたのは間違いなく常用のスプリットだった。


 まぁ……中学時代と比べたら、球速は約15キロも上がっている。

 別の球に見えても可笑しくはないし、土村も速さに戸惑ってしまったのだろう。

 そう思った次の瞬間――。


「何言ってんだテメェ! 超絶シンカーは真下になんか沈まなかっただろォがよォ!!」


 土村はそう言い放つと、俺は言葉を失ってしまった。

 彼の言う通り、俺のスプリットは真下ではなく、少しシンカー気味に沈む球だった。

 恐らく、サイドスローから強引に投げているので、少し特殊な変化になったのだろう。

 だからこそ――土村はこの球に「超絶シンカー」というクソダサい名前を付けた。


 ……何時からだろうか。俺のスプリットが真下に沈んでいたのは。

 分からないな。富士谷の選手は誰も気づかなかったので、もしかしたら徐々に変わっていったのかもしれない。

 なんにせよ、俺のスプリットは何時の間にか「普通のスプリット」になっていた。


「あの……早くしてくれない?」

「ウィッス」

「あァ!?」

「いや、監督達めっちゃ睨んでいるから……」


 打者の大海(国秀院久山)に注意されて、俺達はとりあえず持ち場に戻った。

 ちなみに土村は監督には逆らえない。こうなってくると、流石の狂犬もチワワになるのだ。





「これが1年夏の柏原くん、こっちが今の柏原くんね」


 練習後、俺は相沢のアイフォンを覗き込んでいた。

 画面には、1年夏(都大二高戦)の俺と、最近の俺(合同練習時)の比較動画が流れている。


 どうやら相沢は、このスプリットの変化に気付いていたらしく、事前に動画を用意していたようだ。

 以前に「初心に戻った方が良い」と言っていたのは、このスプリットの事だったのだろう。


「……こうやって見ると肘の高さが僅かに違うな。腕の振り抜き方も微妙に縦気味になってる」

「はえー、俺にはぜんっぜん違いが分からへんなぁ」

「俺も見たい俺も見たい」


 他の投手陣も興味津々に覗き込んでいる。

 あまり他校の人には見られたくないが……邪険に扱う訳にもいかないし仕方がない。

 今は比較動画を吟味しよう。それで得られる何かは確実にある筈だ。


「今度は大会ごとの柏原くんね」

「ほんま用意周到やなぁ」


 次に、1年夏から2年秋までの大会ごとの比較をしていく。

 何処で変わったのかまではわからない。ただ、1年夏と2年秋でフォームが僅かに違うのは分かる。

 どうやら俺は、少しばかりスリークォーター気味になり、結果としてスプリットも縦落ちするようになっていた。


「うーん、俺はスプリットを投げないし、サイドスローでもないから分からないなぁ。右腕でもないから分からん」

「何も分からないじゃん……なんで喋ったんだよ……」


 そう言葉を溢したのは後田(明神大仲野八玉)と伊東(帝皇)である。

 御尤もすぎる伊東のツッコミに、俺も思わず同意したくなってしまった。


「フォームが変わってるのは確かなんだろ? じゃあ戻せばいいんじゃねーの」

「どうなんだろう。戻したら球速も落ちるかもしれないし。それに今の状態でも文句の無い出来じゃん」

「いっそ上から投げたらもっと良くなるかも分からへんで~」


 ズバッと結論から言う勝吉(都大亀ヶ丘)、慎重に考える本多(東山大菅尾)、そして冗談で茶化す宇治原。

 誰が正解かは置いといて、こうやって他校の選手の言葉を聞くのは新鮮だ。今まで未知だった人柄というのも見えてくる。


「で、相沢はどう思うんだよ。最初に気付いたんだろ?」


 北潟(成律学園)が話を振ると、相沢はニヤリと表情を歪めた。

 果たして、総括おじさんの見解は如何なる物なのだろうか――。


「とりあえず木更津くんに感想を聞きたいかな。こういうの分析するの得意でしょ?」


 相沢はニコニコ笑みを浮かべながら言い放った。

 なるほど、ここで木更津を利用する訳か。彼は分析力と洞察力に優れているし、フォームの変化を解析するにはもってこいだ。


「敵に塩を売れってか?」

「今は一時休戦でしょ。それに木更津くん、本当は語りたくてしょうがないんじゃないの?」

「はぁ」


 少しドライな木更津に対し、相沢は饒舌に語っていく。

 やがて観念したのか、或は本当に語りたかったのか、木更津は諦めるように溜息を吐いた。


「先ずはフォームの変化だけど、1年秋から2年選抜、2年選抜から2年夏の間で2回起きてる。1回1回は微々たる変化だから、本人も周りも気付かなかったんだろうな」


 木更津は淡々と語っていく。

 1年生の秋季大会といえば、俺が肘を痛めて緊急降板した大会だ。そして選抜は、深く握るスプリットを試した大会である。

 恐らく、秋季大会の怪我で肘を庇うようになり、選抜でスプリットの落差を意識するようになり、無意識的に2段階でフォームが変化したのだろう。


「で、フォームを戻すかどうかだが、結論から言えば戻さなくていい。あの制球力でサイドから148キロとスプリット投げられりゃ、高校レベルなら余裕で無双できるからな。怪我や劣化のリスクもある中で、わざわざ博打に出る理由がねぇよ」


 木更津は語り終えると、辺りからは感心の声が漏れた。

 東京屈指の識者の答えは現状維持。怪我のリスクを考えても、それが無難な答えのような気がする。


「(なるほどね。確かに一理あるけど、三高相手にワンチャン狙うって視点なら、答えは"戻す"だと思うんだけどなぁ)」

「(……俺コイツ嫌いだわ。疑うなら最初から聞くなよクソが)」


 一方、相沢は少し考え込んでいる様子だった。

 わざわざ「初心に帰ろう」と言った立場だ。彼としては、フォームを戻すのが正解だと言いたいのだろう。


「ま、後は本人次第だな。ただ戻すにしても遠征後にしてくれ。怪我されても困るしな」


 木更津は最後にそう告げると、そこで話は切り上げられた。

 知らずの内に変わっていたフォームとスプリット。高校生活も残り半年という中で、俺は本来のフォームを取り戻すべきなのだろうか――。

 とりあえず、今から改造すると遠征に間に合わないので、富士谷に帰ってから考えたいと思う。

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