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9.久々だから気付けること

 2011年12月3日。U-17東京代表の練習会が行われた。

 舞台は大田スタジアム。大井埠頭の京浜運河沿いにある球場で、辺りには倉庫や工場などが目立つ。

 森がホームの西東京の球児にとって、海の球場というのは新鮮なのではないだろうか。


「ゴメンもう疲れた……」

「あきる野からバスと電車やもんなぁ。ご愁傷様やで」


 そんな言葉を交わしているのは、本多(東山大菅尾)と宇治原だった。

 東山大菅尾の寮から大田スタジアムまでは公共機関で3時間弱。これは東海道新幹線なら東京から大阪、東名高速道路でも東京から愛知まで行ける時間である。

 いくら鍛え抜かれた高校球児とはいえ、この時間を普通列車で過ごすのは苦痛だったのだろう。


 ちなみに余談だが、都大三高の面々も公共機関なら2時間以上は掛かる。

 ただ、此方は監督の車で来ている為、移動を1時間半程度で済ませていた。


「とりあえずアップとキャッチボールから。それが終わったらノックだってよ。あと本多以外の投手陣は適当に守ってくれ」

「しゃい!」


 木更津からの指示が出ると、選手達はテキパキとアップを始めた。

 尚、本多がノックから外れる理由については、移動で疲労困憊だから……ではなく、本選出された投手では唯一の投手専任だから。

 他の投手は野手兼任であり、俺自身もセンターの守備に就く事になった。


「どうも」

「うぃーす」


 同じくセンターに入ったのは東栄学園の小西誠治。

 186cm79㎏の長身外野手で、リーチを活かしたバッティングには定評がある。

 ただ、中野区の東栄学園は来年から東東京の為、正直に言えば「どうでもいい人」だ。


 さて、そんな感じで始まったシートノックだが、東京選抜なだけにレベルの高さを痛感させられた。

 先ずは二遊間。久保(八玉学園)と宮城(国修館)のコンビは言うまでも無く、二俣(徳修)と新井(二本学舎)の大型二遊間も非常に迫力がある。

 この二人は最速140キロ超の投手でもあるので、強肩を活かした守備はまるでメジャーリーガーのようだった。


 ファーストは周平、大宮(早田実業)、伊東(帝皇)、後田(明神大仲野八玉)の計4人。

 守備という部分では後田が軽快だったが、周平や大宮からはスケールの大きさが感じられる。

 また、サードの木田、相沢、北潟(成律学園)あたりが上手いのは言うまでもないだろう。


 続けて外野だが、レフトは宇治原と勝吉(都大亀ヶ丘)、センターは俺と小西、ライトには堂上が入った。

 この中で外野専任なのは小西のみ。残りの4人は投手兼任で、その全員が最速145キロ超を記録している。

 尤も、勝吉は肘痛の影響で登板は回避する見込みだが、全員が恐ろしく鋭いバックホームを披露していた。


「少し休憩したら実戦形式やるって。ピッチャーは背番号順だから、宇治原と柏原は先に準備頼むわ」

「うい」

「へいよ」


 やがてノックが終わると、次は実戦形式のシートバッティングを行う事になった。

 投手の登板は背番号順。という事で、俺、宇治原、木更津、土村の4人はブルペンに向かう。


「とりあえず柏原は俺とな。宇治原と土村は準備できたらそのままシート入ってくれ」

「ほな、よろしくな狂犬くん」

「おうよォ! テメーはよく理解(わか)ってるじゃねェかァ! どう考えても肩は俺が一番だからなァ!」

「(たぶんそっちのキョウケンじゃないぞ……)」


 狂犬と強肩を勘違いしている土村を他所に、俺は木更津と肩を作る事になった。

 丸裸にされないか心配だが……それはお互い様だし、仕方がないと割り切るしかない。


「……ナイピッチ。いい球来てるな」


 という事で、俺は木更津に向かって球を放っていった。

 やはりと言うべきか、キャッチングが上手いので非常に投げ易い。

 我らが近藤も上手い部類だが、木更津は明らかに別格だ。


「じゃ、次はスプリット」


 やがて一通りの球種を投げ終えると、木更津はスプリットを要求してきた。

 出し惜しんでも仕方がない。俺は要求通りに腕を振り抜いていく。


「いいじゃん」


 そして――木更津は簡単に捕らえると、何事も無かったかのように返球してきた。

 彼の捕球センスは敵ながら天晴だな。駒崎は半年経っても苦戦しているというのに。


「深く沈む方も行けるか?」

「節操ねーな。まぁいいけど」


 続けて深く沈むスプリット。

 ほぼフォークに近い変化だが、これも鮮やかに捕球してくれた。

 普段はあまり使わない球だけど、木更津が捕手なら計算できそうだな。


「もう一つスプリットあったよな」

「ん、ねぇけど」

「……ああ、悪い。じゃあ勘違いか」


 木更津はそう言いながら立ち上がると、そこでピッチングは中断された。

 何だ今の問い掛けは。カマ掛けか何かだったのだろうか。


「そろそろ交代」

「うい」


 どうやら交代の時間を迎えたようだ。

 俺は単独でマウンドに向かう。するとそこでは、かつての女房役・土村康人がニヤニヤしながら待ち構えていた。


「よーォ柏原ァ! こうやって組むのも久々だなァ! 名門の俺と組めて光え――」

「サインは中学時代と同じで。以上」

「あァん!?」


 コイツと話す事は無い。打ち合わせはサクッと終わらせて投球練習に入ろう。

 という事で、次は土村相手に投げ込んでいく。本人には言いたくないが、此方も付き合いが長いだけに投げ易い。


「(コレも一回くらい投げさせねェとなァ!)」


 そして迎えた6球目、土村はスプリットを要求してきた。

 まぁ……土村なら普通に捕れるだろう。そう思いながら腕を振り抜いていく。

 しかし――。


「あァ!?」


 土村はグラブで弾くと、白球は転々と転がっていった。

 おいおい、どうした土村。いくら俺と組むのが久々とはいえ、そんな盛大に捕り損ねる球ではなかったと思うが……。


「次ラストだけどもう一球いっとくか?」


 俺はそう問い掛けるが、土村は唖然とミットを見つめていた。

 その表情は、まるで信じられないと言わんばかりである。


 確かに意外だったけど……たかが一球ごときで大袈裟だな。

 そんな事を思っていると、土村は恐る恐る顔を上げてきた。 

 そして――。


「テメェ……何だァ今の球はよォ!!」


 何故か逆ギレしてきたので、俺は表情を歪めてしまった。

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