5.山脈だけに脈はある?
修学旅行3日目、俺達は高山市街地を訪れていた。
今日は待ちに待った班単位での自由行動。殆どの生徒は、この日の為だけに来ているのではないだろうか。
「よーし、今日はたくさん食べるよーっ」
「あんまり無茶すると腹壊しちゃうよ?」
「大丈夫っ。もう3年くらい壊した事ないもんっ」
「膀胱は激弱なのに胃袋は無駄に強いんだね……」
「うるさいよ」
琴穂と恵も今日を待ち望んでいたようで、思う存分に食べ歩くと意気込んでいる。
さて、この高山市街地についても、少しだけ解説を入れておこう。
高山市街地とは、飛騨エリアで最も栄えている場所である。
有名な観光スポットは古い町並み。本当に名前の通りだが、商店街の一部は昔の町並みを再現しているらしい。
尚、ここで盛んなのは食べ歩きである。
高山市街地は恐ろしく飛騨牛の店が多く、ステーキや牛串は勿論、軽食にも隙あらば飛騨牛が使われている。
飛騨牛寿司、飛騨牛メンチ、飛騨牛バーガーなど。全てを挙げたらきりがないが、思う存分に飛騨牛を楽しめる仕様になっているのだ。
その他にも、このマシンガン飛騨牛に便乗してか、スイーツや酒、高山ラーメンなども評判の高い店が多い。
残念ながら酒は飲めないけど、とにかく高山市街地と言えばグルメ(と一応さるぼぽ)と言われていた。
「じゃ、家族と来たことあるかっしー案内よろしく~」
「よろしくっ」
「はいはい」
恵はわざとらしく「家族」を強調して煽ってきた。
どうやら彼女は、伊織ネタで俺を弄るのがマイブームらしい。
畜生、こんな事なら嘘でも友達と来たと言っておくべきだったな。
「とりあえず川沿い行こう。あの辺の店は午前中しかやってないから」
「あ、俺2000円しかねーんだけど足りる?」
とりあえず宮川朝市を目指そう……と思った矢先、鈴木はそう問い掛けてきた。
彼は両親不在で家が貧しい。2000円しか持ち合わせていないのは仕方がないと言える。
しかし、ここで彼に合わせようものなら、結構な軍資金を貰っている恵や琴穂は退屈してしまうだろう。
「2000円じゃ足りねーと思うけど俺が出すからいいよ」
「いやー、それは悪いっしょ~」
「小遣いクソほど余ってるからいいって。いいから行くぞ」
「うひょ~。じゃぁお言葉に甘えるわ~」
「かっし~優し~」
「ふとっぱらーっ!」
背に腹は代えられないという事で、鈴木の食費は俺が持つ事にした。
痛い出費になるが仕方がない。せっかくの修学旅行で妥協したくないからな
という事で、俺監修の元、高山市街地で食べ歩く事になった。
先ずは時間制限がある宮川朝市へ。朝市と聞くと野菜の販売に聞こえるが、普通に軽食やスイーツも売られてる。
個人的なオススメは高山プリン……と言いたい所だったが、残念ながらこの時代は開業前だった。
次に向かったのはキッチン飛騨。
恵が「高級ステーキと寿司は絶対に食べる!」と言って聞かなかったので、昼食はやたらと高級感のあるステーキ店となった。
「す、すごい値段……」
「私いちばん高いやつ頼んじゃおっかな~」
「この後も食うんだから量は控えめにしておけよ」
「2000円じゃサイドメニューしか頼めね〜じゃん。ウケる〜」
此処のA5サーロインは120gで約6000円。一番少ない量でも鈴木3人分の値段である。
A5シャトーブリアンともなれば150gで鈴木6人分相当になるので、飛騨牛ブランドの凄まじさは半端ではない。
「ねね、皆で別々の頼んで食べ比べしない?」
「お前がシャトーブリアンいくならいいぞ」
「いいよ~。じゃぁ琴ちゃんがフィレミニオンでかっしーがサーロインとリブロースね」
「マジで言ってんのお前……」
とまぁ、そんな感じで、昼食は恐ろしく贅沢な食べ比べになった。
ちなみに、リブロースはグラム単価こそA5にしては安いが、300gからしか頼めないので、シャトーブリアン150gと同じくらいの出費になってしまう。
サーロインと合わせて約18000円の出費。驚く事に、いき○りステーキなら18人前くらい頼める金額を支払う事になってしまった。
※
ぜんぶ美味しかった、としか言い様がない食べ比べを終えると、俺達は古い町並み通りに向かった。
やる事は午前中と変わらない。とにかく胃袋と財布の限界まで食う事である。
「で、ステーキはどうだったよ」
「ぜんぶ美味かったっしょ〜」
「ん〜、フィレが一番食べやすかったかな?」
「私はサーロインっ!」
「……」
リブロース要らなかったじゃねえか、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
この分だと、A4にしても違い分からなかった説すらある。
まぁ……それを指摘するのは野暮だろうし、思い出としては良いのかもしれないが。
さて、高級ステーキの話は終わりにして、次は食べ歩きだ。
とは言っても、ここから先は特筆するような事はない。
そう思ったのだが――。
「かっしー、メンチ食べよーよっ」
「肉寿司が先でしょ! 並んでるし無くなっちゃうよ〜!」
琴穂と恵は同時に俺を引っ張ってきた。
いい、凄くいい。今だけはモテる男の気持ちが分かる気がする。
伊織との旅行経験も無駄では無かったな、今だけは奴に感謝を捧げよう。
という事で、二人の希望を叶える為に、俺と鈴木で手分けして買いに行った。
その間、女子達はデザートを調達。我ながら隙が無い采配だったと思う。
そして橋の近くで合流すると、川を眺めながら軽食にありついた。
「ねねっ」
「どうした?」
メンチを食べていると、琴穂がグイグイと腕を引っ張ってきた。
その姿も凄まじく可愛い……という当たり前の感想は置いといて、唐突に何の用事だろうか。
「西八王子のお肉屋さんのより美味しいねっ」
琴穂はそう言ってニコッと笑顔を見せてくる。
その瞬間、俺は思わずニヤけそうになってしまった。
西八王子の肉屋とは、だいぶ前に琴穂を少しだけ怒らせてしまった時、メンチとコロッケを買った場所である。
あの時、俺は「高山で食った飛騨牛メンチカツの次くらいに美味い」という感想を残した。光栄な事に、琴穂はその発言を覚えていたのだ。
「おおう。よく覚えてたな」
「えへへっ」
照れるように笑う琴穂も超絶可愛い。じゃなくて――これは流石に脈あるのでは?
そんな期待を抱きながら、修学旅行の3日目が終わろうとしていた。