4.高校生に世界遺産はまだ早い
上高地でのハイキングを終えると、安房トンネルを越えて奥飛騨温泉郷に到着した。
ちなみに安房トンネルは有料道路。迂回する事も可能だが、車1.5台分くらいの車幅しかない安房峠を通る事になる。
かつて安房トンネルが開通する前は、この狭く過酷な安房峠を走破する必要があった為、混雑する連休中は峠越えに5時間も掛ったらしい。
それが今では安房トンネルで約5分。
すっかり過疎った安房峠も40分程度で走破できるので、時代の進歩というものを痛感する。
尤も、この発展さえ無ければ岐阜行きも回避できたのだが。
さて、舞台は変わって岐阜県の奥飛騨温泉郷・平湯温泉。
今回の修学旅行の実質拠点であり、此処で三泊四日の時を過ごす事になる。
ちなみに、奥飛騨に大型ホテルは無い為、クラス単位で別の宿が手配されているらしい。
これにも多くの生徒が難色を示していた。
しかし、俺にとっては好都合。宿は狭く、そして人は少ない方が琴穂とのエンカウント率も上がる。
まぁ……初日は何も起きなかったが、せっかくの好機なので急接近できるイベントに期待したい。
【2日目】
修学旅行2日目、俺達の乗るバスは白川郷を目指していた。
白川郷と言えばユネスコ公認の世界遺産。本日は此処でワールドクラスの文化財を学ぶ事となる。
尚、行動を共にするのは1組から4組まで。5組から7組は2〜3日目のプログラムが逆に組まれている。
これがあるから、琴穂と対極のクラスになるのは怖かった。
改めてクラス分けには感謝したい。彼女と同じクラスで本当に良かったと思う。
さて、その白川郷だが、結論から言うと何も起きなかった。
当たり前だ。そこにあるのは驚くほど田舎な集落と、合掌造りと呼ばれる大昔の民家である。
高校生からしたら退屈な内容だし、どうしても内容は薄くなってしまう。
「ショートコント、桃太郎!」
と、そんな事を思っていると、田んぼだらけの長閑な集落に大声が響いた。
思わず釣られて振り返ってみる。するとそこでは、京田と昴(サッカー部の友人)が何やらコントを始めようとしていた。
「いるよな、ああやって女子の気を引こうとするやつ」
「かっしーも何かやってよ〜。琴ちゃん笑ってくれるかもよ?」
「恵が何かやったら考えるわ」
「じゃあ脱いでくる」
「やめろ」
盛大に滑る京田達を他所に、俺は恵と言葉を交わす。
恵は基本的に無敵なんだよな。偏見だけどAB型っぽい感じがする。
ただ、彼女の言う事は御尤で、何かやらないと何も起きないのは間違いない。
現実は漫画やドラマとは違う。待っているだけじゃ都合の良いイベントは起きないし、自分で何かアクションを起こす必要があるのだ。
「ところでさ」
「なんだよ」
「かっしーはこの辺に来たことあるの?」
「白川郷は初めてかな。奥飛騨と明日行く高山は来たことあるけど」
「誰と?」
「……伊織と」
「っぷ〜! ウケる〜!」
そんな言葉を交わしていると、恵は嘲笑いながら、俺の体を揺さぶってきた。
先週までの不貞腐りっぷりは何処へ行ったのやら。彼女はすっかり元気になっていて、隙あらば俺を弄ってくる。
堂上の言う通り、修学旅行で完全に元通りになった訳だ。
「けどさ、白川郷は初めてなんでしょ?」
「まぁそうだな」
「そっかぁ〜。ふふっ、じゃあ私と思い出作ろうよ」
恵はそう言って俺にくっついてきた。
大きな胸が当たっている……じゃなくて、あまり琴穂には見られたくない場面だな。
まぁ、その琴穂は別行動中なので、ここは仕方がなく提案に従うか。
「まあいいけど。琴穂も苗場のほう行っちゃったし……って痛え!」
「そ〜いう余計なこと言わない!」
「ハイ」
とまあ、最後は蹴られてしまったが、そんな感じで2日目は恵と共に過ごした。
とは言っても、白川郷は夏や冬がメインの場所。秋の白川郷はイマイチ面白みに欠けるし、先程も言った通り何も起きていない。
ただ恵は満足のようで、終始楽しそうに集落を探索していた。




