1.休戦の狼煙
秋季大会決勝戦の翌日、俺と堂上は瀬川監督に呼び出された。
理由は……何となく察しは付いている。恐らく、12月に行われるアレの事だろう。
「先程、東京高野連さんから電話があってな。君達2人をキューバ遠征に招待したいそうだ」
瀬川監督は顎を擦りながらそう告げてきた。
12月のアレとは他でもない。U-17東京代表キューバ遠征の事である。
不定期的とはいえ東京では伝統的な行事。行先も年によって様々だが、今年は運よく野球先進国のキューバが選ばれた。
「ふむ……異論はないですね。参加させて頂きましょう」
「そうか。柏原はどうする?」
「前向きに検討しておきます」
「うむ、そう言ってくれると思っていた。ちなみに二人とも投手として選出されているが、背番号は8と9だから外野手としても出番があると思う。色々と勉強させて貰いなさい」
「うっす」
瀬川監督は最後にそう告げて話を切り上げた。
背番号は8と9。堂上にセンターは出来ないので、恐らく俺が8番だろう。
ちなみに1番は正史通りなら宇治原。
試合に負けた以上、これに異論を唱えようとは思わない。
「失礼しました」
やがて職員室を出ると、俺は教室に戻ろうとした。
一方、堂上は無表情のまま、顎に手を当てて考えて込んでいる。
「どうした?」
「柏原の返答が引っ掛かってな。素直に参加するで良かっただろう」
「あー……」
堂上に問い掛けられると、俺は少しだけ言葉に詰まってしまった。
やっぱ不自然に感じるよな。正直な所、情けない話なので流して欲しかったが……。
「ほら、海外となると親の了承も必要だろうから、一応な」
「失礼だが随分と面倒臭い両親だな。高校生ともなれば、人生の選択は本人に委ねるべきだろう」
「俺もそう思うけどよ。金払って頂いてる立場な以上、NOと言われたら逆らえねーよ」
「ふむ……そういうものか」
答えを曖昧にした理由は他でもない。
母親が非常に過保護なので、万が一を想定して答えを濁したのだ。
尤も、今は放任主義かつ野球に理解のある父親も健在している。
食卓でひと悶着あるかもしれないが、参加に関しては問題ないだろう。
そういえば――家庭の問題から完全に目を背けていたな。
俺が野球選手として成功すれば、全て上手く行く筈だけど、本当にそれで良いのかと言われたら分からない。
まぁ……今はもう少しだけ背けさせて頂こう。とりあえず目下のイベントを楽しみたい。
「ところで、恵の機嫌はどうだ?」
「ずっと机に突っ伏してたな。女子とは少し喋ってたけど」
「ふむ……偏見で申し訳ないが、授業中は何時も突っ伏しているような印象があるのだが」
「アイツは意外と授業で寝ないぞ。瀬川監督にチクられたら困るからな」
「なるほど、理に適っているな」
話題は恵の状態へと移っていった。
やはり先日の敗戦が堪えているのか、今日はずっと大人しかった。
挨拶くらいは交わしたけど、引き摺っているのは間違いない。
「ま、恵は催し事が好きだからな。遅くても来週の修学旅行までには元気になるだろう」
「だといいけどな。負けたから参加できるって所が何とも皮肉だけど」
「そう言うな。参加する以上、楽しまなければ損するぞ」
「お前って意外とこういうの好きだよな……」
「柏原も好きだろう?」
「まぁ否定はしない」
ちなみに、来週には修学旅行が控えている。
神宮大会と日程が被る為、野球部は不参加の予定だったが、負けた事で参加できるようになった。
勿論、参加を喜べるかと言われたらそうではない。
強豪校では不参加が当たり前。甲子園が実質的な修学旅行であり、それが常識だと思っていた。
まぁ……野球部は不参加の予定だった為、2年1組の野球部員は同じ班に纏められている。
つまり班行動は琴穂と一緒。楽しめるかどうかという話なら、凄まじく楽しめるのは間違いない。
「じゃ、また放課後」
「ふむ……今日も練習は休みだと聞いていたが」
「京田から「お前ら集合」ってメール来てるぞ。早くも噂を聞き付けたみたいだな」
「実にくだらん。俺は帰るぞ」
そんな言葉を交わしてから、俺達は各教室に散っていった。
キューバ遠征、修学旅行、そして家族の問題。色々とやる事はあるが、オフシーズンくらい琴穂を存分にキメたいと心から思う。