表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/699

37.たった一度の秘密兵器

 4回戦の相手は都立大平西高校となった。

 舞台は引き続き府中市民球場で、大平西の先発は背番号20の左腕・遠藤さん。

 背番号1の大型右腕・大関さんは故障明けという事もあり、一貫して4回以降の起用となっている。


 富士谷打線は、先発した遠藤さんを攻め立てた。

 3回途中までに4得点を挙げた所で、大平西は大関さんを投入。犠牲フライで更に1点を追加すると、4回以降は140キロの速球に苦戦しながらも、計3得点を追加した。


 一方で、投手陣はそれなりの苦戦を強いられた。

 大平西は、八玉学園や八玉実践といった実力校を撃破しているだけあって、どの打者もバットを振れている。

 ただ、長打があるのは大関さんと4番の大浜さんくらいで、先発した堂上は要所を最小失点で切り抜ける投球を披露。6回を2失点で抑えると、7回から登板した俺も3回を1失点で抑えて計3失点。

 都立の実力校を8対3で下し、5回戦へと駒を進めた。



 大平西との試合後、恵と共に喫茶店を訪れた。


「で、次は都大三高か……」


 俺はそう溢して、アイスコーヒーを啜った。

 5回戦の相手は、西東京2強の一角・都東大学第三高校。

 今年の選抜ではベスト4。その疲れもあって、春季大会ではベスト16止まり――つまり下位シードとなったが、今大会の優勝候補に違いはない。


 そして、この高校は2年後に甲子園春夏連覇を果たす。

 つまるところ、都大三高は俺達の世代における、絶対的なラスボスだった。


「もう次の話するの? 先ずはベスト16を祝おうよ~」

「ベスト16なんて祝う必要ねえだろ、もう1つ勝ったらな」

「えー。じゃ、かっしーの正史の話を……」

「しねぇからな。ほら、早く始めるぞ」

「ちぇー、つまんないのー」


 恵は少し不貞腐りながら、水色のノートを差し出した。

 件の正史ノートだ。この中に、正史における西東京大会の結果の一部が記載されている。


「じゃー、先ずは正史の確認から。西東京最強とも名高い都大三高だけど、今年は5回戦で東山大菅尾に負けてるんだよね」


 恵の言った通り、2年後に春夏連覇を果たす都大三高だが、この年は東山大菅尾に負けている。

 これなら話は早い。この試合をモデルにすればいい訳だからな。


「ああ、覚えてるよ。1年生の宇治原が先発して、いきなりフォアボールを連発したんだよな」

「そそ! それで代わった吉田さんも流れを止められなかったんだよねー」


 この試合は記事で読んだ記憶がある。

 世代最速右腕とも名高い1年生・宇治原が先発するも、連続四球で早々にマウンドを降りる。

 代わった吉田さんも立ち上がりが不安定な投手で、初回から3点を失った。


「ま、やる事はわかりやすいな。たぶん宇治原で来るだろうから、降りるまではひたすらフォア待ちすりゃいい訳だ」

「うん。吉田さんも立ち上がりは最悪だから、初回はノーバントで攻め立てたいね」


 この試合は初回が大事になる。

 エースの吉田さんは立ち上りこそ悪いが、本調子なら富士谷打線が簡単に打てる投手ではない。

 実際、正史の東山大菅尾も、2回以降は追加点は奪えなかった。

 その中で鍵になるのは、如何にして序盤のリードを守り切るかだ。


「続いて投手運用だけど……東山大菅尾の先発は左の大林さん。5回を2失点に抑えて、残りの4回を大崎さんが完封したんだよね」


 これも恵の言った通りで間違いない。

 富士谷戦では出番の無かった左腕・大林さんが最小失点で序盤を凌ぎ、残りの回を大崎さんがゼロで締めた。

 この大林さんという投手も、準々決勝ではボコボコに打たれる程度の実力であり、決して凄い球を投げていた訳ではない。

 つまり、左から右への継投が有効だと予測できるが――。


「厳しいな、うちには左腕がいないから」


 富士谷に左投手はいないので、この案は没。

 俺と堂上で誤魔化すしかない。俺がサイドの速球を見せて、後から堂上の緩急を使うのがベストだろう。

 そんな事を考えていると、恵は不思議そうな表情で、


「え? 一人いるじゃん」


 なんて言うものだから、俺は耳を疑ってしまった。


「冗談だろ?」

「ううん、本気。ブルペンでは何度か投げてるし……いけると思う」


 恵は真剣な表情でそう言った。

 厳密に言えば、左投げの選手は一人だけいる。

 肘の怪我で投手を辞めた選手――孝太さんだ。


「賛成できねぇな。せっかく、野手としての道が開けたのに」


 正気の沙汰とは思えなかった。

 正史の孝太さんは初戦敗退を喫し、その後メディアで名前が挙がる事は無かった。

 野球を辞めたのか、三部リーグ級の大学で続けたのかは不明だが、その程度の選手で終わってしまった。


 しかし、今回は5回戦まで進み、東山大菅尾戦でも3安打の活躍を見せた。

 プロは気が早いにしても、大学へのアピールは出来ただろうし、何より本人も自信が付いたに違いない。

 その中で、肘に爆弾を抱えた孝太さんを先発させて、もし万が一があったら――彼は正史と同じ道を歩むことになってしまう。


「危険なのはわかってる。けど……勝つにはこれしかないと思うの」


 恵は少し俯きながらそう言った。

 彼女が都大三高を警戒する気持ちもわかる。

 というのも、都大三高は過去30年以上も都立高校に負けていない。そして、その記録は今後10年も続く事になる。

 この記録を打開するには、誰しもが予測しない「奇襲」を仕掛けるしかないのだ。


「……やっぱ賛成できねぇ」

「5回まででいいから」

「だめだな」

「あくまでストレート主体でも……だめ?」


 恵は上目遣いでそう言った。

 可愛いな畜生。じゃなくて、結局のところ、これを決めるのは俺じゃない。

 瀬川監督、そして孝太さん本人だ。それなら――。


「……降板するタイミングは孝太さんが決める。それでいいなら、俺からは何も言わねぇわ」

「ふふっ、ありがと」


 俺は呆れ気味に言い放つと、恵はようやく笑顔を見せた。


「あと……当日は雨になると思うから、終盤は特に気を付けてね」

「ああ、それも覚えてる。関越一高もこの日に試合があったからな」


 そうそう、この日は一日雨なんだよな。

 人工芝の神宮ですら、2試合目は雨天中止になった記憶がある。


「まあ……気を付けろって言っても、問題なのは俺よりもバックだろ」

「ふふっ……どうだろうね~」


 恵は勿体ぶって微笑んだ。

 理由はよくわからなかったけど、気にしても仕方がないので特に触れなかった。


「じゃ、こんなもんだね。例によって打線の事は任せるけど……木田くん対策ってあったりする?」

「ない。あのキチガイに常識は通じないからな。小細工なしで捩じ伏せるわ」

「そっか。よしっ、あと一つ勝って神宮にいこー!」


 最後にそう言葉を交わして、俺達は店を出た。

 翌日、瀬川監督と孝太さんに先発を打診。本人もやる気になっていて、孝太さんの先発が決まった。


 東山大菅尾のエースになる筈だった左腕・金城孝太が、一度限りの復活を遂げる事になった。


富士谷212 000 102=8

大平西100 001 001=3

(富)堂上、柏原―近藤

(大)遠藤、大関―関谷

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ