54.善戦に意味は無い、だからこそ……
富士谷000 000=0
都大三001 002=3
【富】柏原―近藤
【三】宇治原、堂前―木更津
6回裏二死までは何とか善戦した俺達だったが、それから先は一方的な虐殺だった。
二死二塁から木田はボール球を叩いて左中間へ。これがタイムリー二塁打となり、あっさりと4点目を許してしまった。
ここで瀬川監督は投手交代を指示。木更津の所で堂上に代えたのは好判断だったと言えるだろう。
しかし、そんな名将の英断も虚しく、都大三高は4者連続の出塁で更に2点を追加した。
7点目の走者(大島)はバックホームで刺したが、既に「万事休す」である事は言うまでも無い。
7回表は三者凡退で無得点。そして迎えた7回裏、瀬川監督は中橋をマウンドに送り込んだ。
軟投派左腕なら強力打線にハマるかもしれない、というありきたりな一説。
勿論、そんなフワフワした印象からくる迷信が通用する筈も無く……。
中橋は一死から連打を浴びて二人の走者を背負うと、最後は木田が場外弾を放ち、7回コールドゲームが成立した。
「えー、9対0で都大三高の7回コールド勝ちとする。ゲーム!」
「ありがとうございました!!」
9対0で7回コールドゲーム。これが富士谷の都大三高の現在地である。
言い訳の余地もない圧倒的な完敗。そして――瀬川監督と挑む最後の都大会も、この瞬間を持って幕を閉じたのだった。
※
試合終了後、俺達は荷物を持ってベンチから引き上げた。
その雰囲気は決して明るくない……が、どん底という訳でもない。
やはり秋季大会という部分で、夏ほどの重みを感じていないように思える。
ただ一人を除いては――。
「かっしー、負けちゃったね」
そう声を掛けてきたのは、少し帽子を深く被った恵だった。
……正直、合わせる顔も無い。実際のところ、試合終了から今まで目を合わせないようにしていた。
「わりぃ、勝てなかった」
「ううん、仕方ないよ。だって反則級の強さだったもん。あんなの勝ってこないよね~」
恵は半笑いを浮かべているが……どう見ても無理している。
その姿が痛ましく、俺は思わず視線を逸らしてしまった。
「かっしー……」
「なんだよ」
恵に名前を呼ばれて再び視線を向ける。
すると彼女は、先程よりも帽子を深く被って俯いていた。
「……かった」
「……」
「勝ちたかっ……た……よぉ……」
恵は言葉を振り絞ると、そのまま縋りついてきた。
掛ける言葉も見つからない。俺は泣きじゃくる彼女を、ただただ受け入れる事しか出来なかった。
「絶対に……ぐすっ……選抜に行ぐっで……言ったじゃん……!」
「……ごめん」
泣き続ける恵に、俺は謝る事しか出来ない。
彼女は本来なら強い子だ。比野台との練習試合は例外として、今年の夏も去年の夏も人前では泣いていなかった。
そんな恵が人目を憚らず泣いているのだから、やり場のない悲しさと悔しさが溢れているのだろう。
恵にとって、父親と二人で甲子園に行くのは一番の目標だった。
その目標こそ果たしたとはいえ、最後の選抜に出場して、一緒にベンチに入るという夢は叶わなかった。
いや――もっと正確に言うなら、俺が叶えてあげられなかったのだ。
「う~ん、素晴らしい! まさか僕達と7回まで試合するなんて! やっぱ柏沼くんは本物の天才だよ!!」
ふと、皮肉めいた賞賛が聞こえてきた。
言うまでも無く木田哲人だ。恐らく、夏に負けた鬱憤を晴らしにきたのだろう。
「流石に今日はやめとけよ。怒られるぞ」
横で気まずそうにしているのは木更津健人。
一応、恵の心中を察して、木田を引き留めているのだろうか。
「それにしても雌の涙は安っぽいね! 僕達に負けるなんて当たり前の事なのに! あはははははははははは!!」
「おまっ……マジで黙っとけって」
木田はそう叫ぶと、高らかに笑い声をあげた。
相変わらずイカれてやがる。10年後ならSNSで晒されて炎上間違いなしの問題発言だぞ。
「ふむ……あまり紳士的な発言とは言えないな。撤回して頂こう」
「いや~、流石に黙ってらんないっしょ~」
「やめろお前ら。相手にするな」
堂上と鈴木が応戦しようとする……が、俺は言葉で二人を止める。
ここで手を出そうものなら処分されるのは此方の方だ。ここで安っぽい煽りに乗ってはいけない。
「凡人は野蛮だなぁ。ま、僕は天才だから殴り合いでも最強なんだけどね!」
「やめとけバカ。はよ帰るぞ」
木田は煽りを重ねると、木更津が強引に連れ戻そうとした。
しかし、木田は木更津を振り払う。そして俺達に近付いてくると――。
「僕達の春夏春夏4連覇を邪魔した罪は大きい。先生がお怒りだから今日は引いてあげるけど、次回はもっと残酷なスコアにするから覚悟してね♪」
耳元でそう囁いてきた。
恵は俺の胸元で震えている。せめてビンタで一矢報いたい、という感情を押し殺しているのだろう。
「さーてと! 僕達には明日もあるからね! 早く帰って休もーっと!!」
木田はそう言って嵐のように去っていった。
木更津は相変わらず取り残されている。やがて呆れた表情を見せると、俺に視線を合わせてきた。
「木田の失言の分は謝っとくわ。すまなかった。ただ柏原には一つ言っとくけど、これはお前が選んだ運命だからな」
「……ご忠告どうも」
「ま、神宮大会が終われば一時休戦だ。その時は仲良くしようぜ」
「ああ」
木更津はそう告げてから、木田の後を追っていった。
彼が言った「選んだ運命」とは、去年の秋、俺が転校を選択しなかった事だろう。
そして一時休戦というのはU-17東京代表の事。お互いに一次選考は通過しているので、キューバ遠征では共闘する可能性が高いのだ。
これは大きなチャンスだと思っている。
絶対的なラスボス、そして東京に散らばる名手達と行動を共にして、盗める知識や技は全部盗んでいく。
そして富士谷に持ち帰れば、また新しい視点や閃きがあるに違いない。
4度目のラスボス戦は完敗に終わった。
得失点こそ大幅にマイナスになったが……勝敗自体はまだ2勝2敗。
俺はまだ諦めない。次こそ、そして最後こそ勝って、絶対に皆を甲子園に連れていく。
富士谷000 000 0=0
都大三001 005 3x=9
【富】柏原、堂上、中橋―近藤
【三】宇治原、堂前―木更津
明大八玉300 000 051=9
関越一高110 130 004x=10
【明】後田、井上、黒島、後田―舞岡
【関】仲村、松岡、池田―土村
あと2、3話で章完結だと思います。
今年も夏までには現実の季節に追い付きたい……。




