51.空前絶後の余計な一言
富士谷000 00=0
都大三001 00=1
【富】柏原―近藤
【三】宇治原、堂前―木更津
「全て木更津の構えた所にいってるな。失投が無いのは言うまでも無く、構えてから捕るまでミットが殆ど動いていない」
「はぁ?」
堂上がそう告げると、三塁側ベンチは静寂に包まれた。
俺も思わず眉毛を曲げてしまう。ミットが動かない程の制球力だなんて聞いた事が無い。
「信じられないのなら自分の目で確かめてみろ。少なくとも高低くらいなら柏原にも見れるだろう?」
「舐めるなよ。腕の動きを見ればコースも分かるわ」
堂上に促されて、俺は木更津に視線を向ける。
そういえば、堂前ばかりに注目していて、木更津の動きはノーマークだった。
果たして、どれ程にミットが動いていないのだろうか。
「(ボール半個分だけ外そう。足りねー分はミットをズラす)」
「(うい。先生それ好きだねぇ)」
三球目、堂前は綺麗なフォームから腕を振り抜いた。
白球は構えた所、外角低めに吸い込まれていく。
木更津はミットを引くようにして白球を捕えた。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「(っちぇ、入ってんのかよー)」
京田は見逃し三振でツーアウト。
その一球を見て、一部の選手達は呆気に取られている。
一方、記録員の恵は呆れ気味の表情を見せていた。
「ミット動いてるじゃん! どのーえの嘘つき~」
恵は気楽そうに語っていたが――ボール自体は構えた所に来ている。
ミットが動いたのは意図的なフレーミングだ。恐らく、木更津はフレーミング前提の要求をしたのだろう。
「偶然じゃねーとしたら偉いバケモンっすよ」
「え、なになに? よくわかんないけど俺の話?」
「陽ちゃんはバケモンというより魔法使いっすけどね」
津上の言う通り、これが意図的に使えるなら反則級の化け物だ。
四死球や失投すら与える事すら無く、シンプルにゾーンも広く使える。
球速と違って数字には出ないが、その凄さと言うものは計り知れない。
たまに甘い球や四死球を与える俺ですら、アマチュアではトップクラスの制球力だと言われている。
更に上を挙げるなら、1年生の夏に対決した大崎さん(東山大菅尾)は並外れた制球力を誇っていた。
しかし、堂前は二人を遥かに凌駕している。誇張ではなくゲーム並に投げ分ける事ができるのだ。
「ボール!」
「ットライーク!」
「ファール!」
野本も僅か三球で追い込まれていた。
その間も、木更津のミットはフレーミング以外で動いていない。
そして迎えた四球目、木更津は左手のミットを高め、右手を外角低めに構えてきた。
「(ようやく気付いたみたいだな。折角だしこれも見せとくか)」
「(うわぁ、これ普通に怖いんだよなぁ)」
堂前は綺麗なフォームから腕を振り抜く。
放たれた球は――恐らく高速スライダー。高めに浮いてきたが、野本は窮屈そうにバットを振り切った。
「ットライーク! バッターアウト!」
抜けスラが決まって空振り三振。
この一球を見て、津上は少し苦笑いを見せた。
「抜けスラって意外と打ち辛いっすけど、これも意図的にやったんすかね」
「……恐らくな」
「やっば。狙うならこれっすけど、木更津さんならぜってー忘れた頃に要求してきますよね」
抜けスラとは、文字通り高めに抜けるスライダーである。
しかし、甘い球かと言ったらそうではない。振り切った腕に対して全然違う方向に球が来るので、キレやコースによっては魔球と呼ぶ人もいるくらいだ。
勿論、本来であれば意図的には投げられないのだが、堂前は抜けスラすらも正確にコントロールしてきた。
「え、そんなに凄いの? ヤバくない?」
「ああ。相当やばいな」
流石の恵も少し焦りを見せている。
冷静に考えたら、堂前は制球力が武器の技巧派右腕。
上振れした場合、制球力が異次元クラスになるのは想定できる事態だった。
今思えば――俺は本能的に現実から目を背けていたのかもしれない。
何故なら、フレーミングだとか意図的な抜けスラよりも、もっと恐るべき事実と直面する事になるからだ。
それは――。
「なぁ。読心術が使えるキャッチャーに超人レベルのコントロールのピッチャーって、それもう無敵じゃね?」
京田は言葉を溢すと、三塁側ベンチは再び静寂に包まれた。
富士谷000 00=0
都大三001 00=1
【富】柏原―近藤
【三】宇治原、堂前―木更津