49.満を持して最終兵器
富士谷000 0=0
都大三001 0=1
【富】柏原―近藤
【三】宇治原―木更津
1点ビハインドで迎えた5回表、一死一三塁という場面。
都大三高はタイムを取ると、内野陣はマウンドに集まった。
「……で、継投については何か言ってたか?」
「あと一人出すか、5回投げ切ったら交代だって」
「ほな俺はどのみちこの回までなんやな」
「(クソい……代えるなら今だろ……)」
三高の選手達は何か言葉を交わしている。
富士谷の場合、瀬川監督の伝言から始まり鈴木の猥談で締めるが、都大三高ではどのような会話をするのだろうか。
まぁ……知る余地はないし、知った所で何にもならないが。
『只今のバッターは。5番 ライト 堂上くん』
やがて三高の選手達が散ると、ブラスバンドが奏でる怪盗少女の音色が聞こえてきた。
右打席には堂上剛士。富士谷で最も飛距離を出せる打者である。
「(ま、代え時が分かっただけでも良しとするか。クソノーコンには悪いけど勝負は避けるぜ)」
「(外スラから入るんやな。また見逃されるんちゃうか)」
一球目、木更津は外角にミットを構えた。
宇治原は力強く腕を振り下ろす……が、白球は大きく逸れていく。
「ボール!」
堂上は悠々と見送ってボール。
他の選手同様、堂上も球を良く見れている。
このまま有利なカウントに持ち込んで、大きい当たりに期待したい所だ。
「(また外の変化かいな。フロントドアじゃなくてええん?)」
「(いいから要求通り投げとけ)」
二球目、外の縦スライダー。これも見送ってボール。
勝負する気が無いのだろうか。いくら堂上が強打者だからとはいえ、宇治原で満塁にするのは危険だと思うが……。
「ボール、フォア!」
「(げ、俺の出番終わりやんけ。先生のリードは完璧なんやなかったんかい)」
結局、残りの2球もボール球を続けると、ストレートのフォアボールとなった。
実質的な敬遠策。此方としては願ったり叶ったりの展開だが……。
「タイム!!」
と、ここで都大三高ベンチは再びタイムを取った。
ブルペンから背番号10の堂前がマウンドに向かう。
宇治原はグラブを交換し、レフトの高山はベンチに退いていった。
まさかの投手交代である。
宇治原は最速160キロの競合ドラ1候補。そんな絶対的なエースを諦めて、最速130キロ台の技巧派右腕を投入してきたのだ。
「おいおい、交代かよ」
「宇治原以外の投手で大丈夫か?」
「富士谷チャンスだぞー!」
予想外の継投に、スタンドもザワザワと騒がしくなっている。
殆どの観客は宇治原以外の投手を知らない。いや、未来を知る俺ですら曖昧なのだから、一般人が存じ上げないのも当然だろう。
「おお! 大した事なさそうなのがきたぞ!」
「腐っても三高の2番手っすよ。陽ちゃん如きには打てないでしょうね」
「謎が多い投手だからよく見ておかないと」
富士谷の選手達も期待を露にしている。
確かに宇治原の降板は朗報だが……堂前は最強世代の2番手を任されている投手。
今回は上振れしている可能性もあるので、油断できない投手なのは間違いない。
『都東大学第三高校 選手の交代をお知らせ致します。ピッチャーの宇治原くんがレフトに入り、レフトの高山くんに代わりまして、堂前くんがピッチャーに入ります』
アナウンスが流れる中、堂前は淡々と投球練習を行った。
体格は選手名簿によると178cm73kg。お手本のようなスリークォーターから、キレの良い球を投げ込んでいる。
ただ、宇治原より凄いかと言われたら答えはNO。今の所は普通の好投手にしか見えない。
『只今のバッターは。6番 セカンド 渡辺くん』
やがて投球練習が終わると、渡辺は右打席でバットを構えた。
一死満塁、そして相手は未知数な投手。初球ゲッツーは勘弁して欲しい所だ。
「(本当に通用するのかなぁ。木更津先生も監督も俺のこと買い被りすぎだよ)」
「(そんな不安そうな顔するなよ。俺が受ければお前は宇治原よりも良い投手だからな)」
テンポよくバッテリーサインを交換すると、堂前はセットポジションから腕を振り抜いた。
一球目は太腿あたりに向かっていく球。渡辺は咄嗟に体を引くが――。
「ットライクー!」
フロントドアのスライダーが決まってストライクになった。
球速表示は130キロ。堂前の最速を考えたら高速スライダーと言うべきか。
あくまで後ろから見た感じだが、変化球の鋭さは宇治原にも引けを取らない。
「(満塁でも内角攻めて来るかぁ。やっぱ制球が良い投手みたいだね)」
渡辺は頷きながらバットを構え直している。
捕手が木更津なので、頭は空っぽにして欲しい所だ。
「(僅かに外に立ったけど、こいつは外を捌くの上手いからな。慎重にいくのと、次の球も予約な)」
「(うわぁ出たよ。それ地味に怖いんだよなぁ。ま、先生がやれって言うならやるけどさ)」
二球目、木更津は外角低めにミットを構えた。
堂前は糸を引くような直球を振り下ろす。渡辺はバットを止めると――。
「ボール!」
僅かに外れたのか、これはボールが宣告された。
球速表示は139キロ。想定していた以上に球速は出ている。
ただ、いくらキレが良いとは言え、宇治原のストレートよりは遥かに遅く見えるだろう。
「(そこはボールなんだね……って、えぇ!?)」
渡辺はバットを構え直すと、堂前は即座にクイックモーションで放ってきた。
三球目、意表を突いた変則テンポのストレート。あまりにも唐突だった為、俺の二次リードも遅れてしまった。
「ットライーク、ツー!」
渡辺は手が出ずストライク。135キロの直球は外角低めギリギリに制球されていた。
名門の癖に随分とセコいマネをするな。もしサードにゴロを打たれていたら確実に併殺だった。
「(え、今回はストライクなの? 殆ど同じ球に見えたけど……)」
さて……僅か3球で追い込まれてしまったな。
こうなってくると、押し出しは期待できないし、渡辺には打って貰うしかない。
「(こいつは当てるの上手いし球も見れるからな。逆手に取るぞ)」
「(へいよ。それはそこそこ自信ある球だわ)」
四球目、木更津の構えは続けて外。
堂前はセットポジションから腕を振り抜くと、速い球は構えた所に吸い込まれていった。
「(そこは取られるかもだから振らないと……!)」
渡辺はバットを鋭く振り抜く。その瞬間、白球は僅かに沈んでいった。
手元で動くツーシームと思われる球。打ち損じた鈍い音が響き渡ると――。
「ファール!!」
打球は一塁側ベンチに転がるファールになった。
併殺狙いの球だろうか。今のはカットした渡辺を褒めるしかない。
「(うめーな。ま、だいぶ外に意識が寄ったみたいだしコレで終わりだな)」
「(お、やっと投げられる)」
三高バッテリーのサイン交換は秒で終わった。
五球目、木更津の構えは内。サイン盗みをする訳にはいかないので、なんとか渡辺にはカットして欲しい所だ。
「(頼む……通用してくれ……!)」
堂前はセットポジションから腕を振り下ろす。
放たれた球は――深く沈むチェンジアップ。意表を突いた一球に、渡辺はタイミングを狂わされてしまった。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(ちぇ、ちぇんじあっぷ……? 当てる事すら出来なかった……)」
ミートの上手い渡辺が空振り三振。
くそ、今のは完璧だったな。後ろから見ていても良い球なのが分かってしまった。
最速139キロの直球、鋭く曲がる高速スライダー、芯を外すツーシーム、そして深く沈むチェンジアップ。
確かに良い投手ではあるな。しかし、それでも宇治原より打てないとは思えないが……。
「(セーフティは読まれるだろうなー。ここは打つしかねーか)」
二死満塁となり続く打者は中橋。
渡辺と同じく巧打者ではあるので、何とか同点打には漕ぎ着けたい所だ。
「(出し惜しみはいらねぇ。全部見せるぞ)」
「(いきなり飛ばすなぁ)」
一球目、堂前は外の変化球を放ってきた。
バックドアの中速カーブ。中橋はバットを止めると――。
「ボール!」
これはギリギリ外れてボールが宣告された。
恐らくナックルカーブであろう球。どうやら球種は多いみたいだ。
「(ボール半個分だけ内な。あとはインチキミットずらしで何とかする)」
「(そんな同じ球続けて大丈夫?)」
二球目、再びバックドアのナックルカーブ。
二塁から見た感じ先程と同じコースに見える。中橋もそう思ったのか悠々と見送った。
「ットライーク!!」
「(え、入ってんのか。少しだけ内だったか?)」
しかし、今回の判定はストライク。
僅かに入ったのだろうか。偶然だとは思うが、ボール半個分の出し入れが絶妙に決まっているな。
「(次はインな、テンポよく頼むわ)」
「(忙しいなぁ)」
三球目、フロントドアのツーシーム。
中橋は体を引くもストライク。またしても3球で追い込まれてしまった。
「(くそー、連続三振は洒落にならねーぞ。当てなきゃ何も起こらないし、なんとしてでも飛ばさないと……!)」
追い込まれた中橋はバットを少し短く持った。
バッテリーのサイン交換は相変わらず鬼早い。木更津はミットを外に構えると、堂前はセットポジションに入った。
「(意地でも前に飛ばしたいだろ? 打てる球を投げてやるよ)」
「(カウント有利だしチェンジアップでいいじゃん……。先生の考えてる事は分かんねーなぁ)」
四球目、堂前は綺麗なフォームから腕を振り抜く。
直球は木更津の構えた所、僅かに外れそうな外角低めに吸い込まれていった。
「(そこはナックルカーブで取られた所……振らないと!)」
中橋は腕を伸ばして当てに行く――が、当てただけの打球はサードの真正面に飛んで行った。
どう見ても平凡なサードゴロ。木田は無難に捌くと、そのまま落ち着いて三塁ベースを踏みに行った。
「アウト!!」
「あぁ~」
「大チャンスだったのに」
サードゴロでスリーアウト。
一死満塁で好打者続きの打順だったが、あまりにも簡単に抑えられてしまった。
「(やっぱ最後のボール球だったかもな。振るにしてもカットしてれば……)」
中橋は悔しそうにヘルメットを脱いでいる。
宇治原対策を徹底し過ぎて、唐突な継投に対応しきれなかった感があるな。
ただ、投げている球自体は宇治原より良いとは思えない。狙い球……は絞っても無駄そうなので、早めに慣れて打力で捩じ伏せたい所だ。
「まー、この分ならまたチャンスあるっしょ~」
「俺でも打てそうだったしな!!」
「無理っす。北潟さん打てなかった人に打てると思います??」
チャンスこそ棒に振ったが、選手達も前向きな状態で守備に散っていた。
しかし――俺達はまだ気付いていなかった。この投手の真価というものに。
富士谷000 00=0
都大三001 0=1
【富】柏原―近藤
【三】宇治原、堂前―木更津
盛大に勘違いしていて柏原が一塁にいる体で地の分を書いていました。
コメントでの指摘ありがとうざいます。訂正しました。