46.これが本当の2番打者最強理論
2011年11月5日。
明治神宮野球場の空は、広く薄い雲に覆われていた。
雨雲では無いが少し肌寒い。投手としては非常に困った気候条件である。
「さっむぅ〜。琴ちゃん温めてよ〜」
「えー。じゃ、ぎゅーってしていいよっ」
「やめろお前ら、公共の場だぞ……」
マネージャー達も凄く寒そうにしている。
女子高生というのは、真冬でも太もも丸出しで出歩く生物。
ユニフォームも大概とはいえ、その格好だと恐ろしく寒いに違いない。
「かっしー、避難しなくていいの?」
「いい。どうせ逃げても無駄だろうしな」
ふと、恵は琴穂の手を引きながら問い掛けてきた。
カーディガンの裾を余した萌え袖も含めて、非常に尊みを感じ――じゃなくて、どうせ逃げても無駄なのは分かっている。
本日は都大三高との準決勝。試合前に木田哲人に絡まれるのは明白だった。
「……来ないね」
「前回の負けが効いてるんじゃね?」
「まあ第1試合だしな。あんまり時間もないんだろ」
「去年も第1試合だったけど絡まれたような……」
しかし、そんな予想とは裏腹に、木田は一向に姿を現さなかった。
前回負けたからか、煽るネタが無いのか、或いは嵐の前の静けさなのか。
分からない。分からないけど、俺としては助かるの一言である。
『都東大学第三高校と 都立富士谷高校。両校の主将は メンバー表の提出をお願い致します』
「柏原お呼びだぞ」
「キャプテンいってら~」
と、気付けばメンバー表交換の時間を迎えていた。
ちなみに都大三高の主将は木更津。どのみち彼とは絡む事になる。
さて……とりあえずジャンケンからだな。
実はここまで全勝なので、今日も勝って後攻を頂きたい。
※
やがて瀬川監督と共に本部へ向かうと、木更津と大倉監督と対峙した。
先ずはメンバー表の交換から。書いてきた紙を交換して、お互いにメンバー表を確認する。
尚、都大三高のスタメンは下記の通りだった。
【都大三高】
中 ⑧篠原(2年)
三 ⑤木田(2年)
捕 ②木更津(2年)
一 ③大島(2年)
投 ①宇治原(2年)
右 ⑨雨宮(2年)
遊 ⑥荻野(2年)
左 ⑦高山(2年)
二 ④町田(2年)
今までとは一転、打順を大幅に弄ってきた。
それも絶妙にいやらしい。対富士谷専用の打順と言わんばかりだ。
先ず、1番の篠原は俊足好打で長打力もある左打者。
彼だけは夏から不動だが、右のサイドスローとの相性も良いので、動かす必要が無かったのだと推測できる。
問題は2番から。篠原の直後に世代最強打者の木田が居るので、勝負すればポイントゲッター、勝負を避ければチャンスメイクが出来るようになった。
そして敬遠対策と言わんばかりに、3番には相性が悪い木更津が配置されている。
その後ろは高校通算本塁打が多い順。残った走者を長打や犠飛で片付ける算段だろう。
「この打順を組むのも苦労したんだぜ? あのバカが4番じゃないと嫌だってほざいてたからな」
「その姿は容易に想像できるな……」
木更津は少し笑みを見せながら言い放った。
恐らく、この打順を考えたのは大倉監督ではなく木更津だ。
上機嫌なのを見ても、よほど自信があるに違いない。
「さ、とっとと決めるぞ。ちなみに俺はチョキを出す」
木更津はそう言って右手を出してきた。
なるほどな。お得意の心理戦に持ち込む訳か。
ジャンケンごとき、それも都立相手に随分とセコいマネするな。
さて……素直にチョキを出してくるか、それともグーを誘ってパーを出してくるか。
ここは安パイでチョキだな。素直にチョキが出てきても同士討ちになる。
「じゃんけん」
「ぽんっ」
「じゃ、後攻で」
しかし――木更津はグーを出すと、迷う事なく後攻を選んだ。
畜生、そこまで読んでるのかよ。もう1枚裏を突くべきだったな。
尤も、これは悲観すべき事ではない。
そもそもな話をすると、格上を相手にする場合、先攻を取って先制を狙うのがセオリーなのだ。
つまりWIN-WINな形で収まったに過ぎない。個人的には後攻が欲しかったが。
「では、良いゲームをしましょう」
「ええ。よろしくお願いします」
最後に監督同士が言葉を交わすと、俺達は大会本部を後にした。
遂に迎えた4度目のラスボス戦。果たして、最後に笑っているのは何方だろうか――。
その答えは、すぐそこまで迫っている。
主将経験ゼロなのでメンバー表交換のシーンは適当です。現実の段取りとは大幅に異なると思います。