45.識者達の予想3
時は少し遡って月曜日。
この日、堂上剛士は某公園にて、木更津瑠美奈と落ち合っていた。
「ふむ……難しいな。視力と聴力には自信があるのだが」
「ううん、すっごくセンスあると思うよ! 聴覚だけなら健くんに負けてないかも!」
「うむ。柏原からは空前絶後の地獄耳と称されているくらいだからな。しかし、人の心を読むというのは難しい。やはり嗅覚もないと厳しいのだろうか」
二人が会った理由は他でもない。瑠美奈から堂上へ読心術を伝授する為である。
ただ、そう簡単に出来たら苦労はしないというもの。堂上は毎週のように通い詰めているが、全く進歩がないのが現状だった。
「嗅覚はそんな使わないよ~。野球だと殆ど視覚じゃない? 内角狙いで体が1度だけ開いたとか、外角に投げようとしてる投手の目線が2ミリ外に向いたとか。あと表情の変化もそうだよね」
「待て。瑠美奈達はそんな些細な変化に気付いているのか?」
「健くんはね~。あたしはそんな小さな変化には気付かないし、半分くらいは女の感的なアレで読んでるけど!」
「(化け物め……)」
堂上は顎に手を当てて首を傾げる。
試合中にも関わらずミリ単位の変化にも気付く。とても高校生の所行とは思えない。
そんな奇人と今週末は対峙するのだから、流石の堂上でも思いやられる部分があった。
「とにかく、今は人が考えてる事をいっぱい予想して、答え合わせもしていくと良いと思うよ〜」
「ふむ……つまり場数を踏んで傾向を掴めというか」
「そうそう! かっしーくんは分かり易いから良い練習になるかも!」
「奴は落ち着いてそうで意外と態度に出ているからな」
「ね! 健くんが分かり易いって言ってたの秒で理解できたもん!」
そんな感じで、話は少しずつ脱線していった。
現状、堂上に必要なのは場数を踏むことだ。言動から考えてる事を予想して、それが合ってるか否か擦り合わせをしていく。
その積み重ねで身に着く能力だと瑠美奈は語った。
「ところで……一つ気になったのだが、わざと内角を見ながら外角に投げれば、木更津を欺く事は出来るのか?」
「ちょっと難しいかな〜。わざとらしい動きって少なからずオーバーになるから、健くんはそういうの絶対見逃さないよ〜」
「なるほど。なら、わざとらしく外角を見て外角に投げた場合はどうなる?」
「う〜ん……人って何か企むと大なり小なり仕草に出るからなぁ。まぁ表情と挙動次第でワンチャンあるかも?」
「ふむ……」
堂上は顎に手を当てて考え込む。
これは使えるかもしれない。あまり表情に出ない自分なら出来るだろう……と。
「木更津の事は理解した。しかし、そんなに大盤振る舞いして良いのか?」
「別に? あたしはどっちの味方でもないからね〜」
「それが理解できん。親戚に肩入れするのが絶対だとは言わないが、普通は何方かに傾くものだろう」
ふと、堂上は疑問を投げ掛けた。
木更津健太の指示で接触してきた留美奈だが、自分には次から次へと情報を流していく。
その行動がどうしても理解できなかったのだ。
「……ほら、あたしって人の機嫌とかに敏感だからさ。誰にも嫌われたくないんだよね」
「なるほど。読心術が使えるが故に、人からの評価も察せてしまう訳か」
「そうそう。だから建くんの頼みも断れないし、どのーえくんやかっしーくんの敵にもなれないの」
「八方美人というやつだな。やっている事は両軍に武器を売る闇商人だが」
「そう闇商人! よくないのは分かってるけど、ついやっちゃうんだよね~」
瑠美奈は半笑いを浮かべると、堂上は無表情のまま納得した。
過剰なヨイショも含めて合点が行く。彼女は嫌われる事を恐れているが故に、どこまでも中立的な立場を演じているのだろう。
堂上は内心でそう結論付けた。
「あ、そろそろ時間だしお開きにしよっか」
瑠美奈は時計を見上げながら言葉を溢した。
時刻は既に18時。家庭によっては夕食を迎えている時間である。
しかし、堂上は無表情のまま少しだけ考え込んでいた。
「では、闇商人の瑠美奈に一つ問おう。客観的な視点で見た時、来週の準決勝はどう予想する?」
そして――無表情のまま言い放つと、瑠美奈はキョトンした表情を見せた。
堂上は疑問に思った事がある。中立的な立場を演じる木更津瑠美奈からしたら、富士谷と都大三高のカードはどう見えているのだろう。
「先に言っておくと忖度はいらん。俺の為だと思って正直に言ってくれ」
「え~、そういうの苦手だなぁ。まぁ中学まではやってたから分からなくはないけども!」
「別に専門的な部分までは語らなくて良い。得意の直感とやらで感じた予想をしてくれ」
「う~ん……そこまで言われたら断れないなぁ」
堂上は淡々と要求していく。
一方、瑠美奈は少し嫌そうにしていたが、やがて諦めて苦笑いを浮かべた。
暗くなった公園に一瞬の静寂が訪れる。
瑠美奈は少し考え込むと、珍しく冷たい表情を見せた。
「正直、コールドじゃないかな? 7回まで持てば上出来だと思うよ」