42.最速右腕を打つ方法
木更津総合の最後の継投が謎過ぎた……。
2011年10月30日。
秋季東京大会のベスト4が出揃った所で、俺達は練習を切り上げてミーティングを始めた。
理由は他でもない、準決勝の都大三高戦に向けた打ち合わせである。
という事で、何時ものように2年1組の教室に集まっていた。
「んーっと、先ずはスタメンだけど……まぁこれで決まりだろうから書き出すぞ」
「ういー」
「分かってたけど見慣れたメンツだね」
先ずはスタメンの確認から。
尚、都大三高のスタメンは、今大会一貫して下記の通りである。
中 ⑧篠原(2年)
二 ④町田(2年)
遊 ⑥荻野(2年)
三 ⑤木田(2年)
投 ①宇治原(2年)
一 ③大島(2年)
捕 ②木更津(2年)
右 ⑨雨宮(2年)
左 ⑦高山(2年)
メンバー自体は夏の富士谷戦と完全に一緒。
ただ、打順が少し変更されていて、両翼の守備位置も入れ替えてある。
尤も、これは正史と同じ変更なので、特に気に掛ける必要はないだろう。
「正直、今更語る事ないよな……」
「デタラメな強さだもんね。弱点なんてないんじゃない?」
「忘れちゃいけないっすけど篠さん(篠原)の肩はクソ雑魚っすよ」
「外野の肩が弱くてもヒットゾーン変わんねーじゃん」
「ネガティブだなぁ」
選手達はポツポツと言葉を溢している。
基本的に野手の情報は夏と変わらない。強いて言うなら、夏休みを越えて戦力が底上げされたくらいだ。
勿論、篠原の弱肩や雨宮の選球眼、大島の鈍足など、弱点は据え置きと見て間違いない。
あとは……相沢から聞いた木更津の読心術くらいか。
コレはどうやって説明しよう。ストレートに言っても信じて貰えないだろうし「ソースはどこだ」と聞かれたら答えられない。
それを踏まえた上で説明するとなると――。
「夏に戦って分かった事があるけど、木更津は相手の裏をかくのが上手いな。何度も狙い球の逆を突かれたし、間違いないと思う」
俺は限りなくオブラートに包んで言い放った。
我ながら上手い説明だったと思う。恵も納得げな表情をしていた。
「木更津さんは確かにリード上手いっすよね。どういうロジックかは知らないっすけど」
「で、どーすりゃいいのよ」
「狙い球の逆を狙えばいいってこと?」
選手達は困惑を露にしている。
まぁ……そうなるよな。実際の所、俺も理屈は良く分かっていない。
だからこそ、具体的な対策を皆で考えようと思ったのだが、どうやって話を持っていこうか。
「ふむ……回りくどいな。正直に言ったらどうだ? 木更津は読心術が使えるのだろう」
そんな中、そう言い放ってきたのは堂上だった。
「……知ってたのか」
「うむ、従姉妹の方から聞いた。なんでも五感が冴えていて、表情や構えの僅かな変化にも敏感らしいな」
なるほど、俺が伊織と決着を着けている間に、木更津瑠美奈から情報を引き出した訳か。
しかも俺より詳しいときた。これは有益な情報になるな。
「ど、読心術ゥ!? もう半分人間辞めてるだろそれ……」
「それだと裏の裏を突こうとしても読まれるよね。いっそ狙い球は絞らない方がいいとか?」
「そもそもな話っすけど、宇治原さんにそこまでの制球はないっすからね。ストレート一本狙いなら変化球で自滅する可能性すらありますよ」
京田は凄まじく驚いていたが、野本や津上は冷静に対策を考えていた。
取り敢えず、ストレート狙いは満場一致で決まりそうだ。宇治原に変化球でカウントを整えるだけの制球力はない。
後は高低内外ランダムの160キロを打てるかである。
「あと一応、控え投手も忘れずにな。今大会は大金と堂前も投げてる」
後は控え投手だが……正史では何れも思い出登板でしか出番がなかった。
それくらい、宇治原は絶対的な存在だし、後ろの二人は信頼が高くない。
尤も、正史通りならの話だけれど。
「へー、どんな投手なん?」
「大金は大柄な左腕だな。ネット情報だけど最速149キロらしい」
「左で149!? はぁ!?!?」
先ずは大金。
正史ではノーコン過ぎて出番がない都市伝説的な投手だったが、今回は公式戦で149キロを記録したとの噂だ。
ただし制球力は相変わらず並以下。ストレートのキレもイマイチだと聞いた。
「堂前は制球が武器だったかな。秋はブロック大会でしか投げてないけど、夏は135キロくらい記録してたと思う」
「ふーん……。こいつは微妙だな。登板してくれることを願おう」
「陽ちゃんよりは間違いなく野球上手いっすよ」
次の堂前だが、ベンチ入り唯一の無名中学出身である。
最後の夏で最速138キロ。制球とスライダーのキレがよく、打たせて捕る投手だったと思う。
正直、大差リードの最終回で思い出登板するだけの存在だったので、印象に残っていないというのが俺の感想だ。
「うーん……先ずは宇治原くんの対策じゃない?」
「俺もそう思う。宇治原に手も足も出ないと後ろは出てこないだろうし」
「結局、控え投手は謎が多いみたいだしな~」
野本、渡辺、鈴木が口揃える。
彼らの言う通り、異次元のストレートを投げる宇治原対策が最優先なのは間違いない。
仮に奇襲で110キロの左腕やアンダースローが出てきたとしても、最速160キロ右腕より打ち辛いという事はないだろう。
という事で、俺達は火曜日から徹底して宇治原対策を行った。
富士谷には相沢から寄付された最先端のマシン「ウジハラEX」があり、最速170キロのストレートと縦横のスライダーを再現する事ができる。
ちなみにこのマシン、リリースポイントの高さだけでなく、ボールを入れてから発射する迄の時間も宇治原の投球フォーム(ワインドアップ時)と同じらしい。
「はっや!! 無理だろこれ!!」
「投げた瞬間に振らないと当たらないね」
「俺は投げた瞬間に振っても当たらん……」
「ゴリはバット出してる位置全然違うからタイミングじゃないっしょ~」
選手達はバットに当てるのが精一杯の様子だった。
ちなみに設定球速は165キロ。マシンという事を加味して少しだけ速めに設定している。
今までも160キロは打たせた事はあるが……普通の高校生には難しいようだ。
「おお! さす堂!」
「(ふむ……ゾーンのストレートだと分かっていれば打てない事はないな。後は読めるかだ)」
そんな中、堂上は時たま良い当たりを飛ばしていた。
彼も今ではドラフト候補。このレベルまで来れば宇治原からヒットを見込める。
俺も負けてはいられないな。奇跡的に出た走者を俺達で返すしかないのだから。
「(んー……スライダ―も混ざるとなると謎だけど、とりあえずストレートだけなら打てそう)」
「(いや~、打てても1~2割だわコレ。生きた球は違うって言うしな~)」
津上と鈴木も稀に良い当たりを飛ばしている。
ミートの上手い渡辺や中橋は力負けしているので、鈴木の打順を上げる作戦も検討した方が良さそうだ。
もう一つ、捕手は絶対に近藤。宇治原相手だと駒崎も打てないだろうし、大量得点が見込めない以上、守りはガチガチに固めたい。
さて……後は当日どうなるかだ。
やれる事は全てやった。その成果が出せるよう、今は祈るばかりである。
祝!国学院久我山ベスト8進出!
あと1つ勝てば直近10年で西東京から4校もベスト4入りした事に……!