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40.等倍返し

成律学200 000 000=2

富士谷110 000 00=2

【成】北潟、長谷川、北潟―剣見

【富】堂上、柏原―駒崎、近藤

 お昼時の神宮第二球場には、ブラスバンドが奏でる「さくらんぼ」の音色が響いていた。

 9回裏、同点、そして二死一三塁という場面。走者が帰ればサヨナラという事もあり、球場は大いに盛り上がっている。

 そんな中、俺は右打席でバットを構えていた。


「(……外野は定位置でいいよ。どうせ三塁だしな)」


 マウンドには再登板の北潟。外野に少し下がるよう指示を出している。

 二死一三塁ならバックホームは必要ない。よって定位置を守るのがセオリーだ。

 それよりも、今の焦点は勝負して貰えるか否かである。


 一般的に、サヨナラの走者に進塁の余地がない場面、塁を埋めてから勝負をするケースが多い。 

 理由は簡単。全ての塁がフォースプレーになるので、シンプルにアウトが奪い易くなるからだ。

 特に一死や無死の場合、ホームのタッチプレーはリスクを伴う為、満塁の方が守りやすいとされていた。


 ただ、この満塁策も幾つかのリスクを伴う。

 押し出しの危険性は勿論、打順的に不利になる可能性もあり、満塁策が裏目に出る事例も少なくはない。

 勿論、何方に転んでも結果論なのだが、打者や投手の状況次第では「埋めない」という選択もアリなのだ。


 北潟は決して制球の優れた投手ではない。

 そして――今日の俺は北潟から4打数無安打である。

 勝負してくる可能性は十分にあるだろう。


「(柏原勝負で良いよな。カウント悪くなったら外せばいい)」

「(……勝負すんのね、了解)」


 一球目、マウンドの北潟は一つ目のサインに頷いた。

 セットポジションから腕を振り下ろす。白球は高めに浮くと、目線の高さを通過していった。


「ボール!」


 高めに抜けたスライダーは見送ってボール。

 どうやら勝負するようだ。ネクストの堂上はホームランも打ってるので、妥当な判断だと言えるだろう。


 さて、狙い球は……ストレート択一だな。

 この投手はストレートで勝負するしかない。何処かで必ず投げて来る筈だ。

 タイミングを早めに合わせて、センターに弾き返す意識を持とう。


「ットライーク!」

「ファール!」


 二球目、フロントドアのカーブは見逃してストライク。

 三球目、内角のシュートは手を出すもファール。

 

 俺の狙い球とは裏腹に、北潟は変化球を連投している。

 最後のストレートを活かすために、変化球でカウントを取りに来ているのだろうか。


「(遅い球を挟みたいな。逃げるカーブでいいか?)」

「(へいよ。振ってくれたら儲けもんだな)」


 そして迎えた四球目、北潟は外のカーブを放ってきた。

 どう見ても外れるコース。しかし、追い込まれている事もあって、俺はつい手を出してしまった。


「ファール!!」


 打球は一塁側スタンドに飛んでファール。

 何とか当てたが損してしまった。当てただけ上出来とも言えるが。


「(……続けてみるか)」


 五球目、今度はワンバウンドする外のカーブ。

 味を占めたのだろうか。これは流石に見送ってボールとなった。


 これで2ストライク2ボール。

 ここまで全て変化球だが、緩急を使える組み立てなので、そろそろストレートが来る頃だ。

 コースまでは絞り切れない。ただ、死球を出せる場面と考えたら、果敢に内を攻めてくる可能性が高いだろう。


「(そろそろ攻めるぞ。当てるつもりでこい)」

「(了解。そうこなくっちゃな)」


 六球目、北潟は一つ目のサインに頷いた。

 セットポジションに構えに入る。少し長めに間を取ると、ゆったりと左足を上げてきた。


 北潟の最速は143キロ。

 この程度の球が打てなければ、160キロを投げる宇治原を打てる筈がない。

 そう心に留めながら、俺はテイクバックを取る。


「(頼む、空振ってくれ。これが俺の全力だ……!)」

 

 北潟は右腕を振り下ろすと、渾身のストレートは内角高めに迫ってきた。

 恐らく、最速に近い数字が出ているであろうストレート。そんな球に対して、俺は渾身の力で振り抜いた。


「わあああああああああああああああああああ!!」

「いったかあああああ!?」


 その瞬間――悲鳴交じりの大歓声が沸き上がると共に、打球はセンター方向に上がっていった。

 少し押されたが捉えた当たり。俺はバットを投げ捨てると、緩やかに一塁へと駆け出していった。 


「センター!!」

 

 北潟は右手の人差し指を立てて、打球の行方を見上げている。

 一方、定位置を守っていたセンターの北原は、目線を切って打球を追いかけていた。

 それはまるで――関越一高がサヨナラ負けした瞬間、打球を追いかけていた大越のように。


「(頼む、捕ってくれ……!)」

「(落ちろ……!)」 


 段々と右手の位置が下がっていく北潟。

 俺も固唾を飲み込みながら、一塁ベース上で打球を見守り続けている。

 果たして白球の行方は――。


「フェア! フェアァ!!」

「わあああああああああああああああああ!!」


 ギリギリでグラブの先を越えて、フェアの判定が下された。

 北原はワンバウンドで追い付くも投げられない。戸田は既にホームを踏んでいて、センターオーバーのサヨナラタイムリーが成立した。


「流石かっしー!!」

「よっ! 秋季大会準々決勝で絶対サヨナラ打つマン!」

 

 その肩書き微妙過ぎない?というツッコミは置いといて、見事に一方的なリベンジが決まったな。

 俺達が負けた時とほぼ同じ形での決着。今の北潟達にとっては身に覚えの無い事だけど、俺にとっては意味のある事だったと思う。


「(……俺は同じボール打ってホームゲッツーだもんな。打っても投げても完敗だわ)」


 一方、北潟は膝に手を付いてスコアボードを眺めていた。

 しかし、そこに涙や失意はない。まだ秋季大会なので、そこまでの絶望感はないのだろう。

 

 今の俺は西東京、そして北潟は東東京だ。

 もう甲子園を賭けて戦う事はないし、これからは意識する必要のない選手になる。

 ただ、本来なら共に「東東京ファーストミット四天王」になる身として、そして同じ東京の高校球児として、最後の夏まで投手でいて欲しいと心から思う。


「集合! 3対2で富士谷高校の勝利とする。ゲーム!」

「あざっしたぁ!!」


 なにはともあれ、一番乗りで準決勝進出を決めた。

 恐らく次は都大三高との再戦。瀬川親子の為にも、恵個人の為にも、このまま波に乗って勝利を収めたい。

 

成律学200 000 000=2

富士谷110 000 001x=3

【成】北潟、長谷川、北潟―剣見

【富】堂上、柏原―駒崎、近藤


・実例解説?「東京の下級生投手はよく壊れる……」

恐らく東京に限った話ではないのですが、東京の高校野球を追っていると、下級生時代がピークの投手が散見されます。

注目されていたのにコンバートないしメンバー外になった選手は数知れず……。

余談ですが、作中のファーストミット四天王は柏原以外全員モデルが居たりします。

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