39.同点9回裏の恐怖
成律学200 000 00=2
富士谷110 000 0=2
【成】北潟―剣見
【富】堂上、柏原―駒崎
8回裏、富士谷は鈴木と中橋の連打で一死一三塁の好機を作った。
成律学園はここで投手交代。北潟はファーストに入り、背番号9の長谷川がマウンドに上がる。
北潟とは違ったタイプの好投手を前に、駒崎はショートへの併殺打で倒れてしまった。
この長谷川は、正史の関越一高を抑え込んだ投手である。
サイドスローから最速136キロ。スライダーのキレがよく、フォームが独特なのでタイミングも取り辛い。
一応、俺がマネして打撃練習は行ったが……どこまで通用するだろうか。
と、その前に先ずは守備だ。
9回表は5番の村田から。8回表を北潟で切れたので、打順は下っていく形になる。
途中登板の俺にも余力があり、苦戦する要素は見当たらない。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「(全然だめだ……)」
ライトに回った村田、高速スライダーで空振り三振。
「アウト!」
「(はっや。こんだけ投げられたら楽しいだろうな)」
本来なら投手としてプロ入りする谷岡、ストレートを打ってセカンドフライ。
そして――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「(くそっ、延長確定かよ)」
8回表から登板している長谷川は、スプリットで空振り三振に打ち取った。
これで同点のまま9回裏に突入。此方に敗北のリスクはなく、一方的にプレッシャーを掛けられるので、精神的には優位に立てるだろう。
※
9回裏、富士谷の攻撃は京田からだったが、ここで代打が送られた。
選ばれたのは左打者の戸田。相手投手の長谷川は右サイドなので、相性的には有利な勝負となる。
その初球――。
「おおおおおおおおお!」
「よく分からん1年が打った!」
戸田は綺麗なセンター返しを見せて、無死一塁のチャンスを作った。
彼は三塁も守れる選手。京田の尻にも火が付いたのではないだろうか。
さて……問題はここからだ。
定石通りなら送りバントだが、次の打者は小技が苦手な野本である。
この状況で強攻させる程のアベレージもなく、非常に難しい場面だった。
確実に送るなら夏樹あたりを使うしかない。
その場合、延長戦に突入したら戦力は確実に落ちるし、夏の二の舞なんて事もありえる。
果たして――瀬川監督はどのような決断を下すのだろうか。
「……そのままいくか」
瀬川監督はそう呟くと、送りバントのサインを出した。
良く言えば延長戦を見据えた、悪く言えば中途半端に欲張った選択。
後は野本を信じるしかない。最悪、併殺さえ回避できれば後続で何とか出来る。
「(僕は柏原くん達ほど打てないからね。バントくらい決めないと)」
スマイリーの音色が響く中、野本は最初からバットを寝かせた。
それでいい。野本の足ならセーフティも狙えるが、焦って構えて打ち上げたら本末転倒だ。
落ち着いて構えて、少しでも成功率を上げていこう。
「おぉ~」
「ナイバント!」
結局、野本は初球で決めて、一死二塁の好機を作った。
ワンヒットでサヨナラの場面。相手としては、非常にプレッシャーを感じる場面に違いない。
思えば、一周目で俺達が負けた時も、同点で9回裏だった。
1点でも与えたら負ける。その緊張感から、守備や制球の乱れを起こして、満塁のピンチを作ってしまった。
そして――最後は北潟にセンターオーバーを打たれた、と。
「ボール、フォア!」
「(くそっ、入らねえ……)」
しかし、今回は此方が裏。あの恐怖心は成律学園ナインが背負っている。
長谷川は制球が定まらず、渡辺に四球を与えて一死一二塁。
続く津上は好守に阻まれるも、センターへの進塁フライで二死一三塁になった。
「タァイム!」
「北潟!」
と、ここで成律学園の菅谷監督はタイムを要求。
北潟の名前を呼ぶと、マウンドの方向を指差した。
……投手交代だ。
ワイルドピッチですら試合が終わる場面。調子を崩した長谷川は危険だと判断したのだろう。
もう一つ、ネクストの俺は本日無安打。結果だけ見たら北潟に合っていない。
『成律学園高校 シートの交代をお知らせ致します。ピッチャーの長谷川くんがライト、ライトの村田くんがファースト、ファースの北潟くんがピッチャーに入ります』
シート変更のアナウンスが流れる中、北潟は投球練習を開始した。
軽い力で7球を投げ終えると、ロージンバッグを叩いて投げ捨てる。
『只今のバッターは 4番 ピッチャー 柏原くん』
そして――さくらんぼの演奏と共に、俺は右打席でバットを構えた。
本来なら壊れる二人の最終決戦。お互いの投手生命の為にも……俺はこの打席で試合を終わらせる。
成律学200 000 000=2
富士谷110 000 00=2
【成】北潟、長谷川、北潟―剣見
【富】堂上、柏原―駒崎、近藤