37.歴史は繰り返すのか
成律学200 000=2
富士谷110 00=2
【成】北潟―剣見
【富】堂上―駒崎
満員に近い神宮第二球場には、ブラスバンドが奏でるさくらんぼの音色が響いていた。
同点で迎えた6回裏、先頭打者は4番の俺という状況。
マウンドでは、成律学園のエース・北潟が捕手のサインを確認している。
その全てが懐かしい。球場こそ違えど、マウンドの北潟は何度も眺めた光景だった。
正史での対戦経験は計3回。練習試合に加えて、2年夏と3年夏の公式戦でも対決している。
お互いに東東京の強豪なので、必然的に対戦機会には恵まれていた。
つまるところ、俺は北潟の球筋には慣れているのだ。
その筈なのに――ここまで無安打なのは、相手を意識してしまっているからだろうか。
「ットライーク!」
「ットライーク、ツー!」
一球目、フロントドアのスライダーは見逃してストライク。
二球目、外いっぱいのカーブも見逃してストライク。
ストレートに的を絞っていたが、裏目に出て追い込まれてしまった。
……どうせ最後はストレートだ。
それに変化球だったとしても、この程度ならカットするのは難しくない。
タイミングは早めに取りつつ、変化球だったらファールで粘っていこう。
「(ストレート狙いか? ならコイツでいいだろ)」
三球目、北潟は力強く腕を振り下ろしてきた。
放たれた球は――外角低めのチェンジアップ。俺はバットを出すと、合わせるように振り抜いた。
「ファール!」
打球はホームベースの後ろで跳ねてファール。
ハーフバウンドの打球が当たった捕手の剣見は、少し痛そうにしながらボールを返した。
「(……合わせられるのか。やっぱストレート勝負だな)」
テンポ良く進んで四球目、北潟はワインドアップから腕を振り下ろす。
力強いストレートは外角高めに吸い込まれると、俺は渾身の力でバットを振り抜いた。
「おおおおおおおおおおおおお!」
「でかいぞ!!」
大歓声と共に、大きな打球はセンター方向に上がっていく。
体感では力に押し負けた当たり。幸い、今日は激狭い神宮第二なので、ギリギリの柵越えに期待したいが――。
「……アウト!」
打球はもう一伸び足りず、フェンス手前のセンターフライになった。
くそ、惜しい当たりは多いが捉え切れない。苦虫を噛み締める俺を後目に、北潟は小さくガッツポーズを掲げていた。
※
試合は中盤以降も投手戦が展開された。
6回裏、後続は二死一二塁のチャンスを作るも、駒崎は空振り三振に倒れて無得点。
そして7回裏、再びチャンスで俺に回ってきたが――。
「アウトォ!」
「うまっ!!」
「いいショートだな~」
痛烈な当たりは岩成のファインプレーに阻まれ、ショートライナーで倒れてしまった。
着実に捉えては来ている。ただ、他の打者が当たっているだけに、俺が足を引っ張っている感じは否めない。
今日は一塁手だから尚更だ。打てなければ価値はないので、次こそは絶対に挽回したい。
一方、7回までは無抵抗だった成律学園も、8回表にチャンスを作ってきた。
先頭打者の東谷は粘った末に死球。続く北原も珍しい津上のファンブルで出塁した。
やはり神宮第二は守り辛いのだろうか。津上は不満そうに首を傾げていた。
2番の山下は犠打を試みるも三塁封殺。これは堂上の好フィールディングが光ったと言える。
しかし、続く岩成に内野安打を許してしまい、一死満塁のピンチを迎える事となった。
「タァイム!」
と、ここで主審からタイムが告げられた。
ベンチの畦上先生は手首をクルクル回している。投手交代の合図だ。
「ふむ……大して打たれた訳ではないのだがな」
「展開が展開だし仕方ねぇよ。……たぶん俺のせいだ、すまん」
マウンドで堂上と言葉を交わす。
正直、点差があれば堂上続投で問題なかった。球数には余裕があるし、なにより捉えられた訳ではない。
しかし、1点も献上できない展開になった以上、エースの俺が登板するしかないのだ。
『都立富士谷高校 選手の交代をお知らせ致します。ピッチャーの堂上くんがライトに入り、ライトの中橋くんがレフト、レフトの鈴木くんがファースト、ファーストの柏原くんがピッチャーに入ります』
場内アナウンスが流れる中、俺は投球練習を開始した。
1球、また1球と丁寧に投げ込んでいく。やがて7球を投げ切ると、吹奏楽部が奏でる情熱大陸の音色が聞こえてきた。
『只今のバッターは、4番 ピッチャー 北潟くん。背番号1』
一死満塁、この場面で迎える打者は4番でエースの北潟。
新興勢力の大黒柱は、右打席で力強くバットを構えた。
思えば――あの時も満塁だった。
忘れもしない高校3年の夏。あの時は9回裏で二死だったけど、同点で満塁という場面で北潟に打たれた。
そして俺は、その光景を一塁から眺める事しか出来なかったと……。
……面白い。これはIFの証明だ。
もし、俺の怪我が無ければ勝てたという事を、この打席を以って証明してやる。
成律学200 000 0=2
富士谷110 000 0=2
【成】北潟―剣見
【富】堂上、柏原―駒崎