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35.それぞれの祝勝会

 東山大菅尾に勝利した翌日は突発的に休養日となった。

 試合終了は21時前、家が遠い堂上は帰宅が23時になったので、これは妥当な判断だろう。

 休養日の翌日は連携の確認をメインで行い、17時には練習が切り上げられた。


「あ、また掲示板ですか?」

「うん。やっぱ世間の反応は気になるからね」


 孝太さんは、相変わらずネットの書き込みを気にしていた。

 俺もちょっと覗いてみるか。


916:名無しのおじさん

『金城の二塁打から逆転されて、金城のバックホームで同点阻止されたんだからクソ笑えるわ。手放した若月はマジで反省しろよ』


 若月……ああ、東山大菅尾の監督か。


917:名無しのおじさん

『クソ采配のバカ月、クソデブの小野田、全てがクソの板垣。このカス共がいなければ勝てた』


 口悪いな、コイツ土村か?


918:名無しのおじさん

『ナメプ継投で部員10人の都立に大逆転負け。末代までの恥』


 そういや「末代までの恥、腹を切りたい」という名言が生まれたのは、この年の春だったな。


919:名無しのおじさん

『若月さん、試合のあと泣きながら頭下げてたよ。あれを見たら叩けないわ』


 ネットにも優しい奴がいるんだな。


920:名無しのおじさん

『もっと早く鵜飼を出してれば……』


 あの安定感の無さじゃ難しいと思うけど。


921:名無しのおじさん

『鵜飼もう練習しなくていいぞ』


 そんな悲しいこと言うなよ。


922:名無しのおじさん

『6点差も守れない奴に守れるものなんて何もねーんだよ! 若月は今すぐ辞めてくれ!!』


 しかし……酷い言われようだな。

 若月さんは、正史では東山大菅尾を甲子園に導き、やがて名将と呼ばれるようになった。

 メディア受けも良く、何度かドキュメンタリーに出ていたのを覚えている。

 それなのに――たった一度の勝敗が変わっただけで、ここまで評価が下がってしまうのだから、世間というのはあまりにも残酷だ。


「……大崎達や若月さんの為にも、菅尾が弱かったんじゃなくて、富士谷が強かったって証明しよう」

「ええ、勿論っすよ。やってやりましょう」


 俺は歴史を変えてしまった。

 そのせいで、東山大菅尾の関係者は苦境に立たされてしまった。

 俺にできる償いはただ一つ、勝ち続けて富士谷の――負けた高校の強さを証明する事だけだ。


 「あっ……メールだ」


 そんな決意をよそに、アイフォンの画面が切り替わった。

 メールの受信ボックスで、新着の差出人は大崎雄一になっている。

 

 激励のメールだろうか。

 そう思って覗いてみると、派手な金髪の女の子の写真と共に、


『久しぶりに一緒に寝た! やっぱ優子は可愛いなぁ(*´д`*)ハァハァ』


 と、メッセージがかかれていたので、俺は思わず引いてしまった。


「うわ……なんですかこれ……」

「ああ、優子ちゃんだね。琴穂が一番可愛いのは間違いないけど、優子ちゃんも凄くいい子なんだ」

「いや、そうじゃなくて……」

「見た目はやんちゃだけど、すっごく兄思いでさ。試合は勿論、練習も見に来るくらい熱心でね。それから……」

「孝太さん、ちょっと待ってください」


 早口で語りだした孝太さんの言葉を、俺は全力で遮った。


「大崎さんの妹って事ですよね?」

「うん、そうだよ」

「ええ……普段からこんな会話してるんですか……」

「もちろん。菅尾にいた頃は、鵜飼も交えてよく語り合ってたなぁ。いやー懐かしい」

「孝太さん……おかしいですよ……」


 東山大菅尾の投手はシスコンじゃなきゃいけない決まりでもあるのかよ。

 孝太さんは俺の目を気にする事なく、琴穂の寝顔を送ろうとしていたので、俺は見なかった事にした。

 琴穂の寝顔はめちゃくちゃ可愛かったけど「俺も欲しいです」なんて言う勇気は勿論なかった。

 




 孝太さんと別れた俺は、恵と共に喫茶店を訪れた。

 なんでも「二人で祝勝会をやろう」なんて言い出したので、仕方がなく付き合う事となった。


「じゃ、東山大菅尾の討伐を祝って……カンパーイ!」

「コーヒーで乾杯するやつ初めて見たんだけど」

「いいじゃんいいじゃん! やろうよ~!」


 恵はいつもより無邪気にはしゃいでいた。

 それだけ、東山大菅尾に勝利した事が嬉しかったのだろうか。


「いやー、耐球作戦はドンピシャだったね~。スリーラン打たれた時はもうダメかと思ったけど」

「それなー。投手堂上が全く通用しなかったのも誤算だったわ。強豪を相手にするのは大変だな」


 俺はそう言って、アイスコーヒーに口をつけた。


「ねね、投球の解説してよ。特に小野田さん、よく完璧に抑えたよね~」

「え……小野田さんはわかりやすいだろ?」

「えー、全然わかんないよ~」


 ああ、プロ野球は見ないのかな。

 高校野球はめちゃくちゃ見てるのに、これは意外だな。


「ほら、小野田さんってプロでは内角攻めに苦しんだだろ」

「え……小野田さんって大学進学でしょ?」

「大学からプロいっただろ。知らなかったのか?」


 俺がそう言うと、恵はハッとした表情を見せて、


「あ……それなら知らないなぁ。私が転生したのって、今から3年後だから」


 なんて言うものだから、俺は思わず口をつぐんでしまった。

 今から3年後――つまり満19歳。正史の恵は、子供のまま命を落とした事になる。

 てっきり、同じ歳で転生した物だとばかり思っていた。知らなかったとはいえ、これは迂闊な発言だった。


「ねぇ、そんな顔しないでよ。今はこうして生きてるんだからさ」

「そうだけどよ。ちなみに死因は?」

「んっと……交通事故。たぶん即死だったんじゃないかなぁ」


 恵は少し目を泳がせると、窓から外を眺めた。


「お父さん、すっごく悲しんだと思う……。だから正史よりも親孝行して、今度こそ甲子園に行こうって決めたの」


 そう続けると、どこか寂しげな表情を見せた。

 恵には色々思う事もあったけど、父親想いで好感が持てる女の子だと思う。

 だからこそ――俺はその期待に応えたい。


「ああ、いこう。俺が連れてく」

「ふふっ……期待してるよ、エース様」


 俺は少しだけ格好つけると、恵は頬を赤くして微笑んだ。


「ちなみに、かっしーは何年後に?」

「今から10年後くらいだな」

「えー!? めちゃくちゃ未来じゃん! いろいろ話聞かせてよ!」

「ああ、いつかな……」

「えー、いま聞かせてよー!」


 既婚者って知ったら煽られそうだな。

 時間も遅かったので、俺は強引に会計を済ませた。

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