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33.都立の宿命

比_野000 000 00=0

富士谷000 002 10=3

【比】佐瀬、足立―高尾

【富】柏原―駒崎、近藤

 影が出てきた市営立川球場には、ブラスバンドが奏でる「寿司くいねぇ」の音色が響いていた。

 3点リードで迎えた無死一二塁。比野にとっては待望の好機という事で、一塁側スタンドは大いに盛り上がっている。

 一方、富士谷ナインは落ち着いていて、先程のタイムでも気楽そうに談笑していた。


『只今のバッターは 6番 大石くん』

「(ふー……今度こそ打つぞ)」


 このピンチで迎える打者は1年生の大石。

 176cm75kgと1年生にしては体格が良いが、ここまで無安打と当たっていない。

 特にスプリットにはクルックル。今回も同じ攻め方で問題ないだろう。


 ここで代打を出せないのが都立故の選手層だ。

 推薦枠が限られていると、どうしても選手の質にムラが出てしまう。

 恐らく、当たっていない事を差し引いても、大石より期待できる選手がいないのだろう。


「ットライーク! バッターアウッ!」

「(くそっ、全く当たんねぇ……!)」


 という事で、大石はスプリットで空振り三振。

 一死一二塁となり、先発投手だった佐瀬の打席を迎えた。


「(外角多めだけど陽介と津上の三遊間は固いんだよな。なんとか一二塁間を抜きたいけど……どうすっかな)」


 引き続き寿司くいねぇの音色が流れる中、佐瀬は左打席でバットを構える。

 佐瀬は大石よりコンパクトに当ててくる打者。ただ1点は取られても問題ないという事で、外野陣は定位置を守っていた。


「(ボールになるスクリューで。振ってくれたら儲けもんだろ)」


 近藤の要求は外のスクリュー。

 異論はないな。見逃されたら次は速い球で緩急を使えば良い。


 一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜く。

 白球は構えた所に吸い込まれると、佐瀬は悠々と見逃してきた。


「ボール!」


 当然ながら判定はボール。

 近藤は素早く返球してきた。


「(次はインストで……よし、合ってたな!)」


 二球目は内角高めのストレート。やはり緩急を使う算段だったか。

 異論は無いので頷いていく。やがてセットポジションに入ると、要求通りにインハイに速球を放った。


「ットライーク!」


 佐瀬はバットを振り切るも、空振りしてストライクとなった。

 随分と思い切りが良かったな。内角のストレート狙いだったのだろうか。

 振り遅れていたとはいえ、こうなってくると続けるのは少し怖い。


「(ダメだ……柏原の内角のストレートなんて打てっこねぇ。陽介と津上の間を抜く方がまだ可能性あるな)」


 佐瀬はバットを構え直している。

 一方、近藤は外角低めのサークルチェンジを要求してきた。

 一番近い速球から一番遠い遅球。考えられる限り最大の緩急である。


 三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。

 緩やかな球は構えた所に吸い込まれ行く。その瞬間、佐瀬はバットを出してきた。


「(おそっ……けど当てるしかねぇ!)」


 佐瀬は体勢を崩されながらも、なんとかバットに当ててきた。

 弱々しい打球はレフト方向に上がっていく。京田、津上、中橋の三人は打球を追うが――。


「フェア!!」

「わあああああああああああああ!!」

 

 打球は三人の間に落ちていった。

 玉井は慌ててスタートを切って三塁に滑り込む。川島は落ち着いて二塁を踏んでいた。


 まさか不運な当たりでピンチが拡大するとは……。

 なんだろう、サークルチェンジは要所でポテンヒットにされる率が高い気がする。

 もっと深く沈むよう、調整する必要があるかもしれないな。


「8番 ピッチャー 足立くん。背番号1」


 一死満塁となり、迎える打者はエースナンバーの足立。

 196㎝の長身打者が右打席でバットを構えた。


 さて、この足立だが大して打力がある訳ではない。

 非登板時はレフトを守っているが、選手層が薄いが故のスタメン起用だ。

 実際、正史の3年時には、後輩野手が台頭して投手専任になっている。

 

 ちなみに余談だが、その後輩野手というのは富士谷が補強した上野原だ。

 秋季大会の時点では無関係とはいえ、富士谷は比野の戦力を削っている事になる。


 なにはともあれ、この選手の打力は大した事がない。

 上背があるので捉えれば飛ぶが、故に高低のゾーンが広く、また内角を捌くのも苦手としている。

 落ち着いて丁寧に内角を攻めていこう。そうすれば打たれる事はない。


「ットラーイク!」

「ットライーク、ツー!」


 一球目はフロンドドアのスライダー。見逃されてストライク。

 二球目は内角高めのストレート。これは窮屈そうに空振りしてストライクになった。


「(勝負を急ぐ必要はねーよな。ここはスプリットで……よし!)」


 三球目、近藤の要求は外角低めのスプリット。それもワンバウンド覚悟のコースだ。

 手が長い足立は、外のボール球にも手が届くので、万が一の事故を懸念しての事だろう。


 駒崎だと怖いが、近藤なら満塁でも低めのスプリットを投げ込める。

 という事で、三球目はアウトローのスプリットを放ると――。


「(届……かない!?)」

「ットライーク!! バッターアウッ!」


 足立はバットを出してくるも、ボールはその下を潜っていった。

 空振り三振で二死満塁。依然として一塁側は盛り上がっているが、ようやく都立の雄を追い込んだ。


『9番 キャッチャー 高尾くん。背番号 2』


 この最終局面で迎える打者は正捕手の高尾。

 相変わらず寿司くいねぇの音色が流れる中、恵体の正捕手が右打席でバットを構えた。


「(……ホームランで逆転か。打つしかねぇ)」


 高尾はバットを長く持って、蟹股気味に大きく構えている。

 その姿はいかにも長距離スラッガー。しかし、彼はまごう事なき9番打者である。

 長打力はあるものの、選球眼と巧打力は並以下でしかない。


「高尾ー! 打ってくれー!」

「大きいのいらないぞ! 繋ごう繋ごう!」


 一塁側ベンチからは、比野の選手達が声援を飛ばしている。

 グランドスラムで逆転という状況。これは怖い場面ではあるが、相手としても一発を意識してしまうに違いない。

 低打率でパワー自慢の高尾なら尚更だ。もう構えから「自分で決める」という勢いが溢れ出ている。


「(先ずは外スラ……違うか。じゃあスプリットか? 違う? え、高めのストレート?)」


 俺は何度も首を横に振ると、高めの釣り球で頷いた。

 恐らく高尾はこれで問題ない。何なら一球で決まるとすら思っている。


 一球目、俺は今日一番の力で右腕を振り抜いた。

 鋭い速球は高めに吸い込まれていく。そして――。


「(……打てる!!)」


 高尾は豪快なスイングでバットを振り抜いてきた。

 一瞬、悲鳴交じりの歓声が沸き上がる。俺は空を見上げると、打球は真上に高々と上がっていた。


「(くそっ! 頼む、落としてくれ……!)」


 高尾はバットを投げ捨てて、諦めずに一塁へと走り出した。

 俺は落ち着いて手を上げる。少し雲と被った白球は、ちょうどグラブを構えた位置に落ちてきた。


「アウト!」


 慎重に捕球して試合終了。 

 あまりにも打ち気が出過ぎていたな。打てそうな球は全部ホームラン狙うと言わんばかりだった。

 こういう打者は、高めのボール球を打たせてフライにすれば良い。


「集合! えー、3対0で都立富士谷の勝利とする。ゲーム!」

「あざっしたぁ!」


 蓋を開ければ2桁三振の完封勝ち。

 最終回はバタバタしたが、経験としては悪くなかったのではないだろうか。


 さて、次の相手は成律学園だ。

 忘れもしない高校3年の夏、俺はこの新興勢力に負けて、一度目の野球人生に終止符を打たれた。

 

 相手からしたら身に覚えのない、一方的なリベンジマッチ。

 俺だけが因縁を抱えた準々決勝は、日本一の欠陥球場こと神宮第二球場で行われる。

比_野000 000 00=0

富士谷000 002 10=3

【比】佐瀬、足立―高尾

【富】柏原―駒崎、近藤


・実例「ヒットは沢山打ったけど……」

第94回全国高等学校野球選手権大会

西東京大会 準々決勝 明治神宮野球場

日大三3―0日野


・解説

日野高校は初回に3点を失うも、2回以降は佐々木千隼投手(現ロッテM)が完璧な投球を披露。

一方、打線は毎回のように走者を貯めるも、単打の連続で一二塁や満塁から先に進めず……。

7番以降は大会を通して当たっていなかった事もあり、ネットでは「やっぱり都立は厳しい」という意見が溢れました。

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