32.土壇場の粘り
比_野000 000 00=0
富士谷000 002 10=3
【比】佐瀬、足立―高尾
【富】柏原―駒崎、近藤
先取点を取った事で、試合の流れは富士谷に傾いた。
7回裏、一死一三塁から堂上の犠牲フライで1点を追加。一方、比野は毎回のように走者を出すも、二死からの走者が多く好機を広げられない。
7回表の二死一二塁も棒に振り、無得点のまま最終回を迎えようとしていた。
「柏原、最終回も頼む」
「うっす」
続投の指示を受けた俺は、グラブを片手に最終回のマウンドに上がった。
点差は僅かに3点。此方が裏とはいえ、満塁弾が出たら逆転される状況だ。
決して余裕のある状況ではない。ここは気を引き締めていこう。
『9回表 都立比野高校の攻撃は 4番 レフト 玉井くん。背番号 7』
9回表、比野の攻撃は4番の玉井から。
比野特有の応援曲「雨上がりの夜空に」が流れる中、右打席でバットを構えた。
「(都立と言えば比野だったのに……ぜんっぜん歯が立たねーな畜生)」
玉井はオープン気味に大きく構えて、力強くバットを握っている。
その姿は見るからに長距離打者。しかし、彼はプロ注目という訳では無く、一発が出る可能性はたかが知れていた。
今までとやる事は変わらないな。
とにかく低めに集めて、単打まではOKの気持ちでストライクを取りに行こう。
そう思って投げ込んでいると――。
「いっ……しゃあ!」
「デッドボォ!!」
五球目の抜け球が肘に直撃して、デッドボールの判定が下された。
俺は帽子を取って頭を下げる。玉井は勢い良く一塁に走っていった。
肘を出しに行っているようにも見えたが……審判の判定は絶対なので仕方がない。
それに俺も構えた所に投げられなかった。結果的には単打と一緒だし割り切ろう。
『5番 ライト 川島くん。背番号 9』
「(打つイメージはできてる。大丈夫、大丈夫だ)」
続く打者はチーム首位打者の川島。
一塁側スタンドからは、茨城代表にありがちなフルバージョンのSEE OFFが流れてきた。
さて、比野で最も怖い打者がこの川島だ。
シンプルにアベレージが高く、単打なら簡単に放ってくる印象がある。
実際、今日も俺からヒットを記録していた。
「(スプリット見せとくか? もう球数制限ないしな)」
近藤の要求はスプリット。
異論はない。無死一二塁は作りたくないので、ここは出し惜しむ場面ではないだろう。
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は手元で鋭く落ちていく。川島は水平にバットを繰り出すが――。
「(……落ちる!)」
「ボール!!」
ギリギリでバットを止めて、ボールの判定が下された。
全国でも無双したスプリットを見逃すか。都立と言えど比野の主力は侮れないな。
「(よし、見れたぞ。いけるいける)」
川島は納得げにバットを構え直している。
彼はレベルスイングでライナーを飛ばす打者。できれば縦変化で攻めたいが、こうなってくると次の球種は難しい。
「(ストレートでいいか? スプリットの後だし振り辛いだろ)」
二球目、近藤のサインは外角低めの直球。
俺は要求通りに球を放ると、川島はバットを振り抜いてきた。
「ファール!!」
打球はバックネットに飛んでファール。
タイミングは合っている。やはりと言うべきか、この選手は頭一つ抜けているようだ。
「ボール! ツー!」
三球目はサークルチェンジ。これも見逃されてボール。
2ボール1ストライクになった所で、近藤は枠内に収まるツーシームを要求してきた。
「(緩急も活きるしゲッツーも狙える。これでいこう)」
併殺狙いであろうツーシーム。
悪くはない。一発出てもリードは守れるので、ここは果敢に勝負しよう。
四球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は外角低めに吸い込まれていく。川島はバットを振り切ると、バットはボールの上を叩いた。
「(くそ、少し沈んだか……!?)」
強めのゴロは一二塁間に飛んでいく。
捕れるか捕れないか際どい当たり。渡辺と鈴木は飛び込むが――。
「わああああああああああああ!」
「抜けたああああああああああ!」
打球は無情にもライト前に抜けていった。
玉井は二塁で止まって無死一二塁。ファンファーレが流れると、川島は控えめにガッツポーズを掲げた。
……つい甘さが出てしまったな。
球数制限の無い今なら、カウントを稼ぐスプリットも使えた筈。
その中で、俺は安易な併殺狙いに便乗してしまった。
「バッター大石ー!」
「寿司、お願いしまーす!」
そんな叫び声と共に、比野のチャンステーマ「寿司くいねぇ」の音色が聞こえてきた。
この曲を聞くと、比野と試合していると実感する。
尤も、此方はピンチという事になるので、聴かないに越した事はなかったのだが。
「……最初の2点は俺のミスだ。取り返すから絶対に回してくれ」
「おうよ。同点にして回してやるよ」
「3点じゃ足りないからね、取れるだけ取ろう」
一塁側ネクストの付近では、高尾、佐瀬、足立の3人が固まっていた。
7番からはバッテリー陣3連戦。9番の高尾まで回すつもりはないが、併殺が取れない限り投手の2人とは勝負する事になる。
投手戦になった都立頂上決戦は、最終回にして大一番を迎えようとしていた。
比_野000 000 00=0
富士谷000 002 10=3
【比】佐瀬、足立―高尾
【富】柏原―駒崎、近藤