28.瀬川家の食卓
大山台戦の翌日。
今日は練習の無い月曜日という事で、選手達は各々で遊んだり、早急に帰宅して体を休めている。
そんな中――俺は琴穂と鈴木と共に、東小金井の地を訪れていた。
「めぐみん大丈夫かなぁー」
「ま、ただの風邪っしょ~。渡すもん渡したら遊びに行こうぜ~」
この場所を訪れた理由は他でもない。
恵が風邪を引いて欠席したので、お見舞いに行く事になったのだ。
本人はただの風邪と言っていたが……正史では病死しているだけに心配な所である。
と、親切心から過剰に心配した結果「じゃあシュークリーム買ってきて」と言われて今に至った。
「ここだっ。かっしーは入った事あるの?」
「ないよ。家の前までは来たことあるけど」
「ふーん……」
「デカいなー。俺の家より綺麗だわ~」
「おおう」
瀬川家は東小金井駅から徒歩10分。
かつては8人家族で住んでいただけあって、庶民にしては立派な一軒家が建てられている。
今は5人で住んでいるらしいが、果たして誰と対峙する事になるだろうか――。
ピンポーン!
「すいません。恵さんと同じクラスの柏――」
「あ、もしかしてかっしーくん? やっほー、私だよ~!」
その瞬間、俺達はガッカリした表情を浮かべてしまった。
うん……この声は瞳さんだな。せっかく6人も兄弟いるなら他の人も見たかった。
まぁ実家に残っているのは瞳さんと三男だけらしいけども。
「おー、鈴木くんと琴ちゃんも来てくれたんだ~。あがってあがって~」
「うぇーい」
「おじゃましまーすっ」
やがて玄関の鍵が開くと、俺達は中に招き入れられた。
瞳さんは缶チューハイを片手に、何故か得意げな表情を浮かべている。
「ふっふっふっ……知ってる奴が出て来てツマンネーって顔してるね〜」
「そんな事ないっすよ。むしろ知ってる人で安心しました」
「またまた~。けど安心して! お母さんはパート行ってるけど、兄弟は全員集結してるから!」
「え、なんでまた……」
「そりゃ末っ子アイドルの一大事だからね~。みんな休みとって駆け付けるよ~」
「ただの風邪ですよね??」
「別に普通じゃない? ウチらは何時もこんな感じだよ〜」
その瞬間、思わず顔に手を当ててしまった。
俺には分かる。恐らく、恵の兄達は金城孝太と同系統の人間なのだろう。
幾ら何でもシスコン多すぎやしないか……?
もはや妹LOVEではない自分が異端児にすら思えてきた。
「お兄ちゃんも私が風邪引くと練習休むよっ」
「俺も妹達の為に休むことあるぜ〜」
琴穂と鈴木は特に違和感を示していなかった。
そりゃ孝太さんはアレだし、鈴木は両親がいないから仕方ないが。
「で、どうする? 会ってく?」
「まあ挨拶しない訳にも行かないので……」
正直、猛烈に関わりたくなかったが……挨拶しない訳にもいかないだろう。
という事で、瞳さんに案内されてリビングに向かう。するとそこには大量の空き缶が転がっていた。
「おお、これが噂の柏原少年かー! 思ったよりチャラいな~!」
「うぇい?」
真っ先に鈴木に絡んできたのは、やたらとフランクそうな短髪の青年だった。
右手には某スーパードライの缶。どう見ても酔っ払っている。
「こっちは卯月ちゃんか? 聞いてたより全然小さいな!」
「えっ……あっ……いや……」
続けて琴穂に絡んでいるが……思いっきり勘違いをしているな。
琴穂は勿論、流石の鈴木も少し困惑している。
「そして君が渡辺くんか!」
「その勘違いは光栄ですけど違います、自分が柏原です。いつも恵さんにはお世話になってます」
「なぬ……!」
案の定、俺も間違えられたが、渡辺なので悪い気はしなかった。
しかし彼は誰なのだろうか。兄の誰かなのは間違いないと思うが。
「俺は次男の修だ。柏原少年、俺の事は兄さんと呼ぶといい」
「遠慮しておきます」
この人が次男の修さんか。
恵によると、今は結婚して二児の父らしい。
「うぇーい、鈴木っす!」
「き、金城琴穂ですっ」
「おお……それは失敬した。まさか一人も合っていないとは!」
「久々だからって飲み過ぎだよ~」
普通に瞳さんに飲み過ぎを指摘されている……。
恵からは瞳さんが一番ヤバいと聞いていたが、このワンシーンだけ見るとマシに思えてしまった。
「長男の勉です。わざわざ恵の為に申し訳ない」
次に挨拶してきたのは長男の勉さん。
眼鏡で知的な感じがする好青年だが、2度の離婚を経て3人目の妻を貰っている。
そして彼も片手に某ハイボールを握っていた。
「ごゆっくりどーぞ。弘、飲み物出してあげたら?」
「ああ、うん。ビールでいいかな?」
「いいんじゃない?」
黒髪ショートの女性は長女の望さん。そして大人しそうな青年は三男の弘さんのようだ。
望さんは一児の母で共働き、弘さんは独身でシステムエンジニアだと聞いた事がある。
やはりと言うべきか、彼女達も酒を片手に握りしめていた。
「じゃ、自分達はこれで……」
「失礼しましたっ」
「うぇーい」
全員の顔を確認した所で、俺達は撤収モードに入った。
今日の目的は恵のお見舞いである。貴重な休日でもある為、あまり長居している余裕はない。
「ちょっと待って。一つだけ聞いてもいいかな?」
ふと、長男の勉さんに呼び止められた。
俺達は足を止めると、勉さんは言葉を続ける。
「学校で一番可愛いのって、やっぱり恵だよね?」
そして――そんな質問をぶっ込んで来たのだから、俺は思わず固まってしまった。
やっぱりシスコンじゃねぇか。琴穂が恵になっただけで金城孝太の再来だよ。
「なるほど、せっかく同級生が居るなら聞いておかないとな!」
「まあ恵が一番でしょ。あの子より可愛い子は中々いないって」
「はい! はいはい! 恵より可愛いハイスぺ美少女ココにいます!!」
「瞳うるさい」
瀬川家の面々も期待を露にしている。一方、琴穂は素っ気ない視線を俺に向けてきた。
これは非常に難しい問題である。恐らく、生徒にアンケートを取ったら恵が1位になると思うが、根っからの琴穂派としてはYESと言いたくないのだ。
自分のプライドを優先するか、その場の空気に流されるか。
果たして、俺が取るべき選択は――。
「っぱ男子はみんな恵ちゃん好きっすね~」
「おお、やはりそうか!」
「よーし、優勝記念で飲み直そう!」
と、俺が悩んでいる間に鈴木が答えてくれた。
瀬川家の面々は満足げにしている。何はともあれ助かったな。
「さ、恵ちゃんの部屋いこうぜ~」
「ああ……ありがとう」
「うぇい!」
鈴木が居て本当に良かった。
ありがとうチャラ男。この恩は卒業まで忘れない。たぶん。
※
やがて恵の部屋に辿り着いく。彼女はベッドで横になっていた。
内装は安心安定の水色系だが、何か拘りがあるのだろうか。
「あ……ホントに買ってきてくれたんだ。ありがと」
恵は上半身だけ体を起こして、小さな声で言葉を溢す。
やはり普段と比べて元気が無い。病弱なのは確かなようだ。
「マジで元気ねーな。大丈夫か?」
「うん……風邪引くといっつもこう。咳と鼻水が酷くて全然寝れてないし……」
恵はそこまで語ると、ティッシュを取って鼻に当てた。
そのまま丸めてゴミ箱に投げ捨てる……が、盛大に外して床に転がる。
「あっ……もうやだぁ。眠いのに寝れないしぃ……うぅ……」
恵は不貞腐り気味に、某メロディのぬいぐるみを抱き締めた。
しかし弱っている恵は激レアだな。不謹慎ながらも可愛いと思ってしまった。
「まあ……その……なんだ。俺達に出来る事なら何でもするから」
「じゃ、ぎゅーってして」
と、油断したのも束の間、唐突にハグを要求してきた。
いつもの冗談なら否定するのだが……これ本気で言ってるのだろうか。
鈴木にチラッと視線を向けてみる。彼は首を横に振っていた。
その表情は、それは流石に代われないと言わんばかりである。
え……マジでやるしかないのか。
それも好きな人――琴穂が見ている前で。
そう思い悩んでいると、唐突に誰かが恵に抱き着いた。
「あっ……冗談だったのに……」
「ふふっ、温かいでしょー」
恵に抱き着いたのは琴穂だった。
琴穂は少し得意げな表情で迫っている。一方、恵は恥ずかし気に視線を逸らしていた。
なるほど、よく考えたら「俺達」って言ったもんな。
盛大に勘違いしていた。そして琴穂と恵が抱き合う姿は控えめに言っても絶景である。
やはり恵琴も素晴らしい。女性の同性愛は早急に認められるべきだと痛感した。
「うひょ~、混ざり――」
「言わせねぇよ!?」
「かっしーうるさい……」
「はいすいませんでした」
「じゃ、帰ろっ。めぐみんは寝てなきゃだめだよっ」
とまあ、そんな感じで俺達は撤収するに至った。
ちなみに余談だが、琴穂に風邪が移ってお見舞いに――なんて美味しい展開にはならず、翌日も彼女は元気に登校していた。