24.目には目を、歯には歯を、宗教には宗教を
創_唖1=1
富士谷=0
【創】畑森―竹中
【富】柏原―駒崎
「ットライーク! バッターアウト!」
1回裏、先頭打者の野本は空振り三振で打ち取られた。
先制点を貰って気が楽になったのだろうか。創唖のエース・畑森は快調なピッチングを披露している。
「どうだった?」
「うーん……ストレートは135くらい? 140出てるようには見えなかったかな。フォークは思ってたより鋭いかも」
そう語ったのは、ベンチに帰ってきた野本だった。
彼は三振こそ喫したが、三球目のストレートをポール際まで運んでいる。
その当たりを見ても、決して打てない投手という訳ではないだろう。
「おお! さすイケ!」
「ナイバッチ!」
と、そんな事を思っている内に、渡辺はライト前ヒットで出塁した。
続けて津上が右打席に入る。俺はZETTのバットを引き抜いてネクストに向かった。
吹奏楽部が紅を奏でる中、俺はグラウンドを見渡してみる。
青いフェンスに近い客席。何処となく神宮っぽさが感じ取れる。
尤も、グラウンドは土だし球場の規模も段違いだが。
「かっしーくん! こっち見て~!」
ふと、バックネット裏から声が聞こえてきた。
俺は後ろを振り返る。その瞬間、カメラのシャッター音が鳴り響いた。
「よし! 記事の写真はコレで決まり!!」
「まだ勝敗すら決まってないからね??」
写真を撮っていたのは、恵の姉である瞳さんだった。
隣で呆れているのはスカウトだろうか。それにしても客席が近いな。
「……ボール、フォア!!」
「おお~!」
結局、津上はフルカウントから四球を選んだ。
これで一死一二塁。逆転の走者を置いて打席が回ってくる。
『4番 ピッチャー 柏原くん。背番号 1』
俺が右打席でバットを構えると、さくらんぼの音色が聞こえてきた。
歓声は夏と比べて少ない気がする。秋季大会特有の落ち着いた雰囲気とでも言うべきか。
高校野球と言えば夏だが、秋の閑静な感じも嫌いではない。
「(くそ、いきなりピンチかよ。こうなったら俺も祈っとくか)」
マウンドの畑森は、レフトのポールを見上げながら祈りを捧げていた。
コイツも教祖頼みかよ。このペースだと3時間超コースなので勘弁して頂きたい。
「(フォーク? いや最初は入れようぜ。……そうそう、そういうのでいいんだよ)」
畑森は二つ目のサインに頷いた。
セットポジションから足を上げる。やがて長身から腕を振り下ろすと、緩やかな白球は内角に迫ってきた。
フロントドアのカーブだと思われる変化球。
少し甘い――と思った時には、体が勝手に反応していた。
打った瞬間、けたたましい音が鳴り響く。特大の当たりはレフトのポール際に飛んでいった。
「おおおおおおお!!」
「入るか!?」
「きれてくれー!」
客席から歓声と悲鳴が入り混じる。
打球は強めの秋風に流されながら、ポールの上部を通過していった。
果たして三塁審の判定は――。
「ファール!!」
「ああ~……」
「おぉー」
三塁審がファールを宣告すると、客席からは安堵と落胆の声が漏れた。
くそ、無風なら確実に入っていたな。先程までは弱風だったので余計に悔やまれる。
「(おお、助かったぜ。これも小作先生おかげか、ありがとうございます)」
畑森は再び祈りを捧げていた。
彼からしたら、信仰が奇跡を起こしたとでも言いたいのだろうか。
「ボール!!」
二球目、ワンバウンドするフォークは見送ってボール。
後ろに逸らしたのだろうか、捕手の竹中は慌てて振り返っている。
これは……と思ったのも束の間、白球は主審の足元に転がっていた。
「バック!!」
三塁コーチャーの夏樹が叫ぶと、渡辺と津上は慌てて帰塁した。
どうやら、後逸した球が主審の足に当たったようだ。
先程のファールといい、恐ろしく運が良いな。
宗教なんて信じちゃいないが、こうなったら――。
「おいおい、柏原までどうした?」
「うわぁ、めっちゃ便乗してるよ……」
俺は三塁側ベンチに視線を向けると、片手で十字を描きながら祈りを捧げた。
目には目を、歯には歯を、そして宗教には宗教を。
見えない力には見えない力で対抗するしかない。
ちなみに、祈りを捧げた相手は自称女神の恵だ。
個人的には、狂信的な琴穂信者なので彼女に祈りを捧げたかったが、チーム単位で見た時、このチームを作った「教祖」は紛れもなく恵である。
もう一つ、創唖は神道とは真逆の宗教なので、神に祈るという行為はアンチテーゼにもなるだろう。
「バッター、急いで」
「うっす」
主審に促されて、俺は右打席でバットを構えた。
畑森は此方を睨んでいる。バカにされたと思っているのだろうか。
「(何処の回しもんか知らねーけど、小作先生を舐めるなよ……!)」
三球目、畑森は長身から腕を振り下ろす。
放たれた球は――外角やや真ん中寄りのストレート。
俺は逆らわずにバットを出すと、打球はライト方向に高々と上がっていった。
「おおおおおおおおお!」
「今度はいったか!?」
「(よし、また切れる……!)」
ライトのポール際、フェンスオーバーにはギリギリ足りなそうな当たり。
これはファールになるかもしれない。そう思った次の瞬間――強めの秋風が右から左へ流れていった。
果たして打球の行方は――。
「フェア! フェア!」
「わあああああああああああ!!」
「きたー!!」
打球はフェンスの白線に直撃。
一塁審からフェアが宣告されると、一塁側スタンドから大きな歓声が湧き上がった。
「(くそ、もたついちまった!)」
ライトの石坂はクッション処理に手間を取っている。
その間に、津上は鮮やかな走塁で三塁も蹴っていった。
「……セーフ!」
「柏原さん簡単に打つなー。俺も次は祈ってみよっと」
「剛士もやってみたら?」
「断る。実にくだらん」
渡辺、津上が次々とホームインして逆転成功。
無表情の堂上とハイタッチを交わしていた。
「かっしーさん、ナイバッチっす!」
「おうよ」
三塁ベース上で夏樹に手袋を放り投げる。
尚も一死三塁。次は犠牲フライを打つのが上手い堂上だ。
こうなってくると、畑森へのプレッシャーは大きくなるだろう。
その後、堂上は四球を選ぶと、鈴木のタイムリーと中橋のスクイズで2点を追加。
信仰心で勝った俺達が、初回から創唖を大きく突き放した。
創_唖1=1
富士谷4=4
【創】畑森―竹中
【富】柏原―駒崎




