21.引き継がれる女神
とある日の練習中。
俺はマネージャー達の空間に混ざり、右手の爪を切り揃えていた。
「あ、かっしーがサボってるっ」
「そうやってすぐ私達に混ざろうとする~」
そう言って誂ってきたのは琴穂と恵。
なんとでも言えばいい。俺は今、合法的にマネージャーに混ざる権利を得ている。
これは大会を勝ち抜く為に必要な行為であり、誰にも止める事はできないのだ。
実際、正史の富士谷は爪の負傷が絡んで敗退している。
というのも、創唖の先頭打者がピッチャー返しを放った結果、先発した中里の右手に直撃したらしい。
中里は爪が割れて緊急降板。打者一人でエースを失った富士谷は、強豪相手に手も足も出ず惨敗したとの事だった。
「私が切ってあげようか~?」
「恵は不器用そうだから遠慮しとくわ」
「じゃあ私がやるっ」
「お、じゃあお願……いってぇ!」
そんな会話をしていると、恵に軽く蹴られてしまった。
まぁ……実際は大して痛くないけど、とりあえず痛がる素振りは見せておこう。
「怪我したらどうすんだバカ」
「代わりに私が投げるからいいもん」
「敗退行為やめろ」
マネージャーは登板できないだろ、とまでは言わなかった。
恵だと捕手まで届かないどころか、フォームが滅茶苦茶で全球ボークになる説すらある。
そもそもマジレスすると、ベンチ入り20人以外の選手は出場できない訳だが……。
「あ、そういやさ」
「なに?」
「話は360度かわるんだけど、今回は誰が記録員するん?」
「360だと話戻っちゃうよっ」
ふと、ベンチ入りの事を考えていたら思い出した。
今回の記録員は誰になるのだろう……と。
流れで考えたら、夏に入る予定だった恵になる気がする。
ただ、秋は恒例の女神ゴッコ、もとい勧誘もあるので、少し難しい部分ではあった。
「登録は2年生3人にしたって畦上先生が言ってたな。とりあえずそれでいいかって」
そう口を挟んできたのは夏美である。
登録上は3人か。それなら臨機応変に対応できるな。
「初戦はどーするっ?」
「ん~……おまかせ」
琴穂の問い掛けに、恵は視線を逸らしながら言葉を溢した。
ハッキリとしない態度だな。何か不満でもあるのだろうか。
「ったく、恵でいいよ。全試合な。親父とやれる最後の大会だろ?」
「え~……いや~……それは何か悪いと言うかぁ~……」
夏美が呆れ気味に言い放つと、恵は満更でもなさそうに言葉を溢した。
ああ、なるほどな。恵としては全試合ベンチに入りたいけど、自分からは言い出せなかった訳か。
大人ぶりたい恵らしい反応だ。根が末っ子の甘えん坊なので成り切れてないが。
「またまた遠慮しちゃってー。めぐみんらしくないよっ」
「そーだぞ。夏の分も楽しんで来い」
琴穂は恵の頬をツンツン突き、夏美は恵の背中をポンッと叩く。
「……ふふっ、ありがと。じゃ、お言葉に甘えさせてもらおっかなぁ~」
そして観念したのか、恵はそう言って笑みを溢した。
やはり恵夏は素晴らしい。そして恵琴もアリだと思わされる。
もし野郎ではなく恵に琴穂を取られるのなら、それは仕方がないような気がしてきた。
「あ、けど勧誘はどうするんですか? 恵先輩がやってるって聞きましたけど」
ふと、口を挟んできたのは1年生マネージャーの金野である。
ここで問題になるのは勧誘だ。去年はスタンドで何人か捕まえた他、津上の交渉も行っている。
恵がベンチに入ると不便になるような気もするが……。
「あ、それは大丈夫! 私はもう勧誘しないからね~」
恵はサラリと言い放った。
2学年下は戦力にならないから、わざわざ勧誘する程でもないという事か。
しかし、今年は甲子園出場効果を狙える。体験入部も去年より盛況だったので、それは勿体ないような気がしてしまった。
「そうなんですね。って、私は……?」
「うん。だって1年生が弱くて困るのは私じゃないし」
「ま、まさか……」
「ふふっ、オススメの選手くらいは教えてあげるよ~」
「ええ!? 本気で言ってるんですか!?」
得意気な恵に対して、金野は驚きを露にしている。
なるほど、女神ゴッコは後輩達に引き継ぐという事か。
俺に全く相談が無かったのも納得だ。未来の知識には頼らず、彼女達に頑張らせたいのだろう。
「ってか、もうちょっと早く言ってくださいよ! もう10月ですよ!?」
「なんだか大変そッスねぇ。スタンドの事は私に全部任せていいッスよ」
「真奈もやりなさいよ! 1年マネでしょ!!」
「いや~、自分より亜莉栖っちの方が華あるし……ねぇ?」
「いいから働けよブス。とりあえず中橋より使えるピッチャー取ってこい」
「うっさい津上!!」
黒瀬や津上も混ざり、1年生達は和気藹々?と言葉を交わしていた。
俺達は永遠に居る訳ではない。主将にせよ、背番号にせよ、そしてマネージャーの伝統にせよ、何れは継承されていくものだ。
津上達にもマネージャーと一丸となったチーム作りをしてほしい。何となくそう思いながら、週末の創唖戦に備えるのだった。