20.もう一つのタレント軍団
抽選会の翌日。練習前に軽めのミーティングが行われた。
理由は他でもない。一回戦、創唖高校戦に向けた打ち合わせである。
という事で、俺達は放課後の2年1組に集まっていた。
「球場で勧誘とかされるのかな。あと負けたら入信させられるとか……」
「流石にないだろ! ってか野球部も全員信者なん?」
「いや、野球部は半々くらいって聞くな。普通に設備は東京屈指だから、野球の為に創唖を選ぶ奴も多いよ」
選手達とそんな言葉を交わしていく。
創唖高校と言えば、日本屈指の規模を誇る宗教団体「創唖学会」が母体の私立高校だ。
恵まれた資金源のお陰で設備は東京屈指。立派な室内練習場や選手寮も完備している。
また、創唖はスカウティングも優秀だ。
北海道から岐阜付近まで、東日本全域から選手を集めている。
ちなみに、西日本の逸材や信者は関西創唖高校(大阪)が勧誘するらしい。
「けど、創唖って三高や早田ほど強いイメージないよな〜」
「その辺は指導者の力量とか、あと悪い意味でネームバリューが勧誘の足を引っ張ってるのかもな」
そんな創唖だが、西東京では2番手グループに落ち着いている。
やはり2強の壁は厚い。指導者やスカウティングに関しても、全国クラスの名門には敵わないのだろう。
「さ、そんな事より戦力を確認していこう」
「スタメン殆ど残ってるんだっけ?」
「ああ、2年生が5人、1年生が2人だな。あと控え投手は3人残ってる」
「ほぼ俺らと一緒じゃん! 初戦から重いな〜」
京田の言う通り、初戦にしては重い相手なのは間違いない。
創唖は旧チームの主力が殆ど残っている。その戦力は創唖史上最強とも名高く、ファンもとい信者も気合が入っていた。
創唖に限らず、今年の東京は勝負年の高校が多い。
関越一高もその内の一つ。他にも、明神大仲野八玉や成律学園、駒川大高など……。
全て挙げたらキリがないが、殆どの強豪校が主力を多く残していて、史上最強ないし近年最強を謳っていた。
そんな創唖高校の戦力を整理していこう。
先ずは投手陣。背番号は夏の数字である。
①畑森(2年) 185cm80kg 右投 MAX142キロ 速球と鋭く落ちるフォークが武器
⑦菊川(2年) 174cm80kg 右投 MAX138キロ 力のあるストレートで押すタイプ
⑩石坂(2年) 170cm73kg 左投 MAX135キロ カーブと速球の緩急が持ち味
⑳杉江(1年) 167cm65kg 右投 MAX136キロ キレのあるストレートとナックルカーブに定評がある
上記の4人に加えて、最速143キロの谷井が今秋からベンチに入る予定だ。
東京レベルの強豪にしては駒が揃っている。その一方で、似たような右腕が多い感じも否めない。
次に野手陣だが、浪江(一)、谷野(二)、宮原(遊)、河合(三)、菊川(左)、島崎(中)の計6人が残留戦力。
控え投手の石坂も外野手兼任なので、捕手以外は公式戦経験者で埋まる事になる。
この中で、谷野と島崎以外は一発のあるパワーヒッターだ。
島崎は俊足巧打の外野手。そして谷野は守備範囲が非常に広い。
役割分担も出来ていて、理想的な編成が出来ていると言えるだろう。
「とまぁ、こんな感じだな」
「打球はショート方向を意識した方がいい感じかな」
「そうだな。宮原は強肩だけどヤラカシも多いし」
「創唖って貧打の印象あったけど打線強そうだなぁ……」
「ああ。それだけど、創唖の打者には癖があるからな。それを知ってるバッテリーには弱いんだよ」
「え、そうなん?」
「あの打線は緩急とか変化球に弱いよ。直球中心の投手には強いんだけどな」
そんな言葉を選手達と交わしていく。
ここまで良い所を語ってきたが、創唖の打線には伝統的な弱点が存在する。
というのも、全員が一本足のようなフォームから直球に合わせて振るので、変化球に対してスイングを崩し易いのだ。
勿論、ただ変化球を連投すれば良い訳ではないのだが……これは高校野球ファンの間では有名な話だった。
某掲示板の創唖ファン曰く「いつも軟投派左腕にやられる。指導がなってない」との事なので、中橋への継投が有効かもしれない。
「ふむ……油断するつもりはないが、全国区の強豪に比べたら大した事はなさそうだな」
「苦戦する相手じゃないっすね。7回コールド案件でしょう」
余裕をぶっこいているのは堂上と津上。
相変わらず相手を舐めているが……彼らの言う通り、サクッと片付けたい相手なのも事実だ。
選抜当確にはまだまだ遠い1回戦。こんな所で躓いている場合ではない。
幸い、これは正史通りの組み合わせだ。
本来の富士谷の反省を活かしていけば、大幅に優位を取る事ができる。
あとは充実した戦力で殴るだけ。至ってシンプルな攻略法だった。
「ま、こんなもんか」
「うい~。じゃ、最後にキャプテンらしく一言シクヨロ~」
「ああ……俺か……」
ふと、鈴木に締めの一言を催促された。
こういうのは得意ではないが……主将になった以上、何も言わない訳にはいかないな。
「……知っている人も多いと思うけど、これが瀬川監督と一緒に戦える最後の都大会だ。けど、決して最後の大会という訳では無い。神宮大会、そして春の選抜と、少しでも長く一緒に野球をできるようベストを尽くそう。それが俺達にできる恩返しだと思う」
俺は真剣にそう語った。
何度も言うが、今大会は瀬川監督と挑む最後の都大会だ。このコンセプトは切っても切り離せない。
2年生にとっては1年半を共にした師への、恵にとっては17年間育ててくれた父への恩返し。
それに相応しい手土産は、選抜出場の切符しかないだろう。
「ふむ……柏原にしては良いスピーチだったと思うが、それで終わりか?」
「え?」
「最後にうぇ~いってノれるやつ必要っしょ~」
「そーっすね。円陣っぽい感じだと思ってましたよ」
せっかく良い感じの言葉で締めたのに、選手達からダメ出しを食らってしまった。
この場合「瀬川監督と甲子園に行くぞ!」みたいな感じが良いんだろうけど、無難な台詞は却下してきそうだな。
もう少し捻って、こう……富士谷らしい感じで締めていくか。
「ああもう! 高校野球は遊びじゃねーんだよ! 東京の球児共に知らしめるぞ!」
「うぇーい!」
「よっしゃい!」
結局、5秒で考えたクソみたいな一言でその場を締め括った。
高校野球は遊びじゃない。このスローガンを掲げて、瀬川監督を甲子園に導く。