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33/699

33.夜空の最終決戦

富士谷000 003 103=7

東山菅300 030 00=6

(富)堂上、柏原―近藤

(東)大崎、板垣、大崎、鵜飼―仙波

 9回表、二死三塁。

 東山大菅尾は大崎さんを諦めて、背番号10の右腕・鵜飼さんをマウンドに送った。

 凄まじくノーコンだが、今日投げた誰よりも球が速く、変化球も鋭く落ちる。

 近藤はフルカウントから三振すると、堂上と共に戻ってきた。


「どーのーうーえー! バット投げてんじゃねーよ!」

「なんだ卯月、目が赤いぞ。まさか負けると思ったのか?」

「……うっせ!」


 卯月は瞳に涙を浮かべながら、嬉しそうに堂上を叩いた。

 土壇場で打った堂上も流石だった。あの当たりなら、ライトの目測ミスがなくても、同点二塁打にはなっていただろう。


「柏原」

「ん、なんだよ」

「打つ方は俺の勝ち、という事で良いな?」

「はいはい、それでいいから早く守備つけよ……」


 堂上は相変わらず無表情で張り合ってきた。

 俺は適当にあしらってからベンチを出る。マウンドに辿り着くと、もういちどスタンドを見上げてみた。 


「かっしー! あと1回だよー!」

「かっしー頑張れー!」


 琴穂と恵は笑顔で手を振っていた。

 その笑顔を守る為にも――俺は9回の裏を、絶対にゼロで抑える。


 9回裏、東山大菅尾の攻撃は、途中出場の山越さんに代打が出され、背番号15の高瀬さんからとなった。

 180cm73kg。スラッとした体格の2年生。来年は中軸を打つが、今は大した打者じゃない。


 ここで代打は助かるな。

 サイドから放たれる140キロのストレートは、初見で打つのは非常に難しい。

 俺はストレートを軸に攻めると、ライトフライに打ち取りワンアウトを奪った。


「すいません、狙い球だったんスけど……」

「大丈夫だ、後は任せろ」


 高瀬さんと次の打者が、何か言葉を交わしていた。

 次は9番打者、ライトに回った板垣さん……だったが、ここでも代打が告げられる。


『9番 板垣くんに代わりまして、ピンチヒッター 戸倉くん。背番号 8』


 180cm80kg、主将でもある戸倉さんが左打席に入った。

 ネットで「三バカ」呼ばわりされていた内の一人だ。

 聞いた話によると、去年の秋はレギュラーだったが、頭部死球を受けて以降、なかなか調子が上がらなかったらしい。


 悪いけど、忖度するつもりは一切ない。

 そのトラウマ、鮮明に思い出して頂こう。


「(どいつもこいつも狙い球って……何なんだろうなぁ)」


 俺は首を振ると、近藤に内角高めを要求させた。

 この球で威嚇して外で仕留める。この打者はそれでいい。


「(バッティングなんて、ただ来た球を……)」


 流れるようなフォームで、ミットに向けて腕を振り抜く。


「(打つだけだろーがよ!)」


 戸倉さんは初球から手を出すと、バットは激しい音を奏でた。

 強い打球はライト線に飛んでいく。戸倉さんは二塁まで到達し、塁上でガッツポーズを見せた。


 嘘だろ……普通に打たれてしまった。

 これが孝太さんと共に、将来を期待されていた選手の実力という事か。


 最後の夏にかける思いというのは特別だ。

 この土壇場で、彼はスランプを克服したのだろう。


 一死二塁、打順は1番の奥原さんへと回った。

 奥原さんは今日2安打。2番の林さんも2出塁。そして――3番の堀江さんは4打数4安打。

 くそ、あとアウト二つが果てしなく遠い。


『1番 セカンド 奥原くん。背番号 4』


 聞き飽きたチャンステーマと共に、奥原さんが左打席に入った。

 最終回、もう出し惜しみは必要ない。序盤は節約したスプリットを連投して、堀江さんの前で終わらせる。


 初球、いきなりスプリットから。空振りしてストライク。


「(嬬恋キャベツ3個分は落ちてる。打てそうにないけど、捨てれば問題ないな)」


 奥原さんは小さく頷いた。

 何を考えているかは分からない。


 二球目、内のツーシーム。

 手を出してきた。一塁線、僅かに切れてファール。


「(落ちるやつ以外なら合わせられる。大丈夫、落ち着け俺……)」


 追い込んだ三球目、またスプリット。

 見逃されてボール。流石に同じ手は通じないか。

 それなら――。


「(くそっ……さっきより高い……!)」


 外いっぱい、ギリギリに決まるスプリット。

 奥原さんはバットを出したが、虚しくも空を切った。


「ツーアウトー! ツーアウト!」

「頑張れ1年ー! 勝てるぞー!」


 あとアウト一つ。一塁側からの大声援が俺を後押しする。

 2番の林さんは2出塁、けどノーヒットだ。この打者で決める。

 

 一球目、内のスプリットは見送られてボール。

 見極めは上手いみたいだな。右打者にはスライダーも使っていこう。


 二球目、外の高速スライダー。

 手を出してきた。しっかりと捉えた打球は流し方向へ――って、不味い……!


「おおおおおおおお!!」


 人の少ない三塁側から歓声が巻き起こる。

 林さんが放った打球は一二塁間を破っていった。

 二塁ランナー、戸倉さんは三塁も蹴る。孝太さんは渾身のレーザービームを披露すると――戸倉さんは慌てて引き返した。


「………………セーフ!」


 バックホームを受けた近藤は、サードの京田に送るもタッチが遅れてセーフ。

 三塁側から安堵の声が、一塁側から落胆の声が漏れる。

 送球の間に、林さんは二塁まで到達した。


 ここでタイムが掛けられる。

 内野陣が集まると、ベンチの島井さんが駆け付けた。


「監督から。あと一つだし落ち着けって。あと……敬遠でいいんじゃねーか?」


 坊主頭の島井さんはそう言った。

 一塁は空いている。3番の堀江さんは4安打、対して4番の小野田さんはノーヒット。

 確かに、敬遠したほうが楽そうに感じるけど――。


「すいません。四球前提で勝負させてください」


 俺はそう言葉を返した。

 次の小野田さんは右打者。そして、右サイドの抜け球は右打者に当たりやすい。

 内角攻めも要するし、簡単に塁を埋める作戦には同意できない。


「おいおい、大丈夫か?」

「まあ、まともには勝負しませんよ。任せてください」


 それに、次がアンパイだからこそ、この打者には四球前提の攻めができる。

 打ち取れるチャンスを一回潰すなんて勿体ないだろう。


『3番 レフト 堀江くん。背番号 7』


 1点差、二死二三塁。

 一打サヨナラのピンチで迎えたのは、本日4打数4安打の堀江さん。

 175cm70kg。中肉中背の左打者が「っしゃす!」と小さく吠えた。


 初球、近藤は枠の外に構える。

 勝負を選んだけど、ストライクを放るつもりはない。

 四球でいい。そう思えば硬くならずに投げられる。

 俺はボールを浅く挟むと、外角低めに外れるスプリットを放った。


「ットライーク!!」


 手を出してきた。空振りしてストライク。

 儲けたな。選球眼もいい打者なのに珍しい。

 ん……?


「(俺が打たなきゃ……俺が打たなきゃ負ける……)」


 堀江さんの表情が固い。気負っているのか。

 打ち取られたら――いや、四死球ですら、何十人もいる3年生の夏が終わる。

 そう思わざるを得ないくらい、ネクストの小野田さんは完璧に抑えてきた。


 4番を置物にした甲斐があったな。

 次は内に食い込むスライダー、当てるつもりで厳しく攻める。

 堀江さんは再びバットを出すと、一塁線に強い打球が転がった。


「……ファール!!!」


 少し逸れてファール。スタンドから安堵と落胆の声が漏れる。

 ボール球を続けて追い込むと、東山大菅尾は打撃のタイムを取った。


 ネクストの小野田さんが、堀江さんの肩に手を掛ける。

 落ち着いていけ、とか言ってるのだろうか。

 その間、俺は客席を見渡してみた。


「かっしー! 落ち着いてー!」

「勝負を急ぐなよー!」


 一塁側、富士谷の応援席。


「すげー、大平西に続いて富士谷も勝つんじゃね?」

「……ああ」


 三塁側の奥、少しだけ残った福生高校の選手達。


「よしよし、もっと消耗しろ! そして最後は富士谷が勝ってくれ!」

「お前なぁ……ま、菅尾よりは富士谷のほうが勝てる可能性はありそうだな」


 一塁側の奥、偵察で残った保野高校の選手達。


「ストライクいらないぞー! 次の置物で勝負しろー!」

「緩急使えよー緩急ぅー!」


 全く面識のないオッサン達。

 そこに広がる光景は、1試合目と同じ物だった。

 三塁側の一部、東山大菅尾の応援席を除く誰しもが、富士谷高校の勝利を願っていたのだ。


 ツーストライク、ノーボール。

 戻ってきた堀江さんは、相変わらず表情が固い。


 もし――俺が普通の16歳だったら、堀江さんと同じように、吐きそうなくらい緊張していたのだろう。

 けど、俺は普通の16歳ではない。皆よりも約10年ほど長く生きている。

 全く緊張が無い訳ではないけど、酷使で壊れて、過労死まで経験した俺にとって、この状況は苦ではなかった。


 いや――それどころか、楽しいまであるな。


「プレイッ!」


 主審が試合再開を告げた。

 この打席で全てが決まる。


 1年生の俺が、東山大菅尾の夏を終わらせるか。

 2年生の堀江さんが、孝太さんの夏を終わらせるか。


 近藤が構えたコースは――外角低めのストレート。

 左打者に対して、右サイドのアウトロー。この世で最も遠く見える球だ。


 ボールになってもいい。

 五角形のベース奥角、そのギリギリを目掛けて、俺は腕を振り抜いた。


 銃声のようなミットの音が響き渡る。


 どっちとも取れそうな球を、堀江さんは見送った。


 主審の判定は――。


「ットライーク!! バッターアウッ!!」


 その瞬間、今日一番の大歓声と共に、堀江さんは天を仰いだ。

富士谷000 003 103=7

東山菅300 030 000=6

(富)堂上、柏原―近藤

(東)大崎、板垣、大崎、鵜飼―仙波


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― 新着の感想 ―
[良い点] 巨人が3タテ喰らった気持ちを払拭したく、野球作品を検索して読みはじめましたw 結構長く続いてる作品だなぁ程度の気持ちで読み始めましたが、丁寧な描写、読み易い文章、そして正直めっちゃ面白い。…
[良い点] 九回ツーストライクからならそこストライクに取るよね……。 これで10年経っても甦る悪夢の誕生や……。
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