16.最強世代の秘密兵器
2011年9月25日。都大三高グラウンド。
程よい自然に囲まれたグラウンドには、無数の観客が集っている。
そんな中、某球団のスカウト・古橋一樹も人混みに紛れ込んでいた。
「あ、古橋さん! 絶対いると思いましたよ〜。隣失礼しまーす!」
そう言って隣に座ってきたのは、三流フリーライターの瀬川瞳。
相変わらず私の行く先々に現れる。監視されているのだろうか。
「君にしては珍しいね。富士谷の試合はいいのかい?」
「今日はコールド勝ち確定ですから! それに、この好カードは流石に見逃せませんよ〜」
「まぁね。ブロック予選でここまでの強豪対決は珍しい」
瀬川さんとそんな言葉を交わしていく。
此処を訪れた理由は他でもない。ブロック予選としては異例の好カード、都大三高と二本学舎の試合を見届ける為だ。
都大三高は言うまでもなく秋の大本命。一方、二本学舎も東東京で五指に入る強豪校だった。
ブロック予選で強豪対決になるのは非常に珍しい。
何故なら、殆の強豪校は会場校になっていて、抽選の時点で分散されるからだ。
この実質シードがある仕業で、ブロック予選は無風で退屈な大会とされている。
そんな背景の中、非会場校の強豪・二本学舎が都大三高のブロックを引いた。
退屈な試合が多い中での好カード。人が集まるのは必然だったと言えるだろう。
「流石に今年は三高ですかね〜?」
「……どうだろうね。二本学舎の新井はウチも注目しているし、大串や北本と高校レベルの好選手も揃っている。なにより大会序盤は何が起こるか分からない」
「その何かを期待して見に来た訳ですしね~。あ、始まりますよ!」
そんな言葉を交わしている内に、試合はプレイボールが告げられた。
尚、オーダーは下記の通りである。
【都大三高】
中 ⑧篠原(2年)
二 ④町田(2年)
遊 ⑥荻野(2年)
三 ⑤木田(2年)
投 ①宇治原(2年)
一 ③大島(2年)
捕 ②木更津(2年)
右 ⑨雨宮(2年)
左 ⑦高山(2年)
【二本学舎】
中 ⑧北本(2年)
二 ④成山(1年)
捕 ②今村(1年)
投 ①新井(2年)
一 ③布施(2年)
三 ⑤浅野(2年)
左 ⑦桜井(2年)
右 ⑨大黒(2年)
遊 ⑥竹山(1年)
都大三高は夏と同じメンバー。一方、二本学舎もレギュラーが5人ほど残っている。
特に注目したいのは4番でエースの新井誠也。最速143キロの速球に加え、打っても通算38本塁打の注目選手だ。
他にも、北本は1年夏からスタメンの好選手。二番手の大串も最速137キロの本格派左腕である。
これだけのタレントを揃えていれば、例年なら十分な優勝候補と言えるだろう。
瀬川さんの言う「何か」を起こせる力は十分に持ち合わせている。
そう思っていたのだが――。
「ああ!!」
「いきなりか……」
次の瞬間、閑静なグラウンドに豪快な打球音が響き渡った。
都大三高のリードオフマン・篠原による先頭打者ホームラン。
いきなり先制点が入り、辺りからは溜息が漏れていた。
「ま、まだ1点ですからね~。ってか、この球場なんか静かじゃないですか? 練習試合みたい」
「口ラッパもブラスバンドもないからね。ブロック予選はこんなものだよ」
ちなみに、ブロック予選に応援という概念は存在しない。
観客は静かに見届けるだけ。なので打球音や選手の声がよく聞こえる。
と、そんな事を思っている内に、2番の町田も左中間を貫いた。
「あー……これはワンサイドですね~。新井くん、調子悪いんですかね?」
「いや、球は低めに集まっている。単純に三高の打力が上回っているな」
「ええー! 新井くんって上位候補ですよね!? 本調子でも簡単に打たれちゃうなんて……」
「まだ始まったばかりだからね。2点で済めば十分巻き返せ――」
そこまで言いかけると、またしても打球音が響き渡った。
3番・荻野のセンター前タイムリーヒット。まるで打線が止まる気配がない。
そして木田も四球を選ぶと――。
「あー、帰るか」
「二本は乱打戦に持ち込むしかないな……」
先発投手でもある宇治原のスリーランが炸裂。
新井は早々にノックアウトされ、辺りからは残念そうな声が漏れていた。
「三高打線ヤバすぎません?」
「そうだな……。こうなってくると、楽しみは三高の控え投手くらいか」
「あ、そういえば殆ど宇治原くんが投げてますよね」
結果は何となく見えてきた。
残された楽しみと言えば、知られざる三高の控え選手くらいである。
尤も、素晴らしい肩書の選手ばかりなので、名前くらいは知っているのだが。
「うわぁ……新井も大串もバッピ状態かよ……」
「せっかく町田のクソ田舎まで来たのに」
「ま、こんだけ選手集めりゃ東京では負けねーわな」
都大三高は次々と点を重ねていった。
3回表を終えて13得点。辺りからは呆れた声が漏れている。
そんな中、宇治原は外野手用のグラブを持って、レフトの定位置に走っていった。
「あ、古橋さん! 控え投手でてきますよ!」
「奥美濃シニアの大金か。体はプロ顔負けだな」
マウンドに上がったのは背番号11の大金。
目測だが身長185㎝前後、体重は90㎏を超えていそうな大型左腕だ。
「ちょ、球速くないですか!? 左腕ですよね!?」
「確かに速いな。宇治原ほどではないが、最速143の新井より速く見える」
見た感じ、大金は140台後半くらいの速球を放っている。
左腕としては速過ぎる球速。しかし――あくまで主観ではあるが、私には「宇治原を降ろしてまで使う投手」には見えなかった。
宇治原は最速160キロの超高校級投手。
速いだけでなく、縦横のスライダーも抜群のキレ味を誇っている。
果たして……この投手を降ろしてまで投げさせる程の魅力が、普通に速いだけの大金にはあるのだろうか。
「160キロ右腕に150キロ左腕なんて反則ですよ! スピード違反で逮捕しましょう!」
「できないからね……。それに大金は大した事ないかな。制球はイマイチだし変化球もキレてない」
「あ、確かに二本打線も当たってきましたもんね。キレってやつがないんですかね~?」
そんな言葉を交わしている内に、二本学舎は2点を取り返した。
5回表終了時点でのスコアは21対2。とても強豪同士のスコアとは思えない。
そして迎えた5回裏、都大三高は3人目の投手を起用してきた。
「堂前くんですね。確か夏に1ミリだけ投げてましたよね~」
「ああ。確かコントロールは良かった気がするな」
3番手は背番号10の堂前。
彼は無名軟式野球部出身で、タレント軍団の中では異色な存在だと言える。
夏に見た感じだと最速135キロの技巧派右腕。この分だと、宇治原の後だと見劣りするだろう。
「フォーム綺麗ですね~。けど、宇治原くんと比べるとだいぶ落ちるような……」
瀬川さんの言う通り、堂前は物凄いストレートを投げている訳ではない。
お手本のようなスリークォーターから、140キロ近いストレートと多彩な変化球を放っている。
160キロ右腕の宇治原、150キロ近い球を投げる大金と比べると、どうしてもスケールは見劣りするだろう。
しかし――。
「……いや、これは隠れた逸材かな。高校レベルでなら宇治原より通用するかもしれない」
私はこの投手を高く評価した。
もし、宇治原を攻略した富士谷への秘密兵器があるとしたら、恐らく彼なのだろう……と。
「ええ!? どの辺!! どの辺ですか!?」
「秘密。君はすぐ記事にするからね。自分で考えてくれ」
「あーもう! とりあえず飲みに行きましょう! どうせ暇でしょ!!」
「このアル中め……」
さて……思わぬ逸材も発掘できた。本大会では球速も計ってみよう。
そんな事を思いながら、うっかりボロを出さないように飲みにいくのだった。
都大三高832 53=21
二本学舎001 10=2
【都】宇治原、大金、堂前―木更津
【二】新井、大串、新井、大串、市原、新井―今村