14.未来に捧げる「もう遅い」
お待たせ致しました。今日から再開です。
俺は部屋に戻ると、伊織に「一緒にゲームをしよう」と持ち掛けた。
伊織は二つ返事でOKしてくれた。彼女的にも、カラオケよりゲームの方が性に合っているのだろう。
そんな感じで、俺達は持参した携帯ゲームを片手に、池袋にある公園を訪れていた。
「えー、全然勝てない! 竜也くん強すぎない??」
「柏谷さんも中々だと思うよ。ここまで差が付かないの弟くらいだから」
某配管工のレースゲームをしながら、伊織と言葉を交わしていく。
ちなみに手加減は一切していない。伊織は結構ガチめのゲーマーだし、わざと加減する必要もないだろう。
それに……忖度して好かれようとする気も、今やすっかり失せている所だった。
当初の作戦は「伊織を惚れさせた上で振る」という事だった。
しかし、人と人というのはそう簡単にはいかないもの。短期決戦では無理があると気付かされた。
一般的に、女性は好きになるまで時間が掛かると言われている。
10年後に流行ったマッチングアプリでも、3回デートしてから付き合うのが定石だった。
勿論、アイドルや渡辺クラスのイケメンなら例外だが、俺にそこまでの魅力はない。
そして、恋愛への関心が薄い「当時の伊織」が相手となると、3回では済まない可能性すら出てくる。
週1回、計5回会うとしても5週間。秋季大会が迫る中で、そんな時間と余裕は無い。
それに俺には琴穂という……マネージャーという向き合うべき人達がいる。
その中で、伊織に何週間も使うのは不誠実というもの。この作戦は始める前から失敗していたのだ。
「あ、そろそろ帰らないと。私、門限あるから」
「おー、そうなんだ。流石お嬢様だな」
「そんなガラじゃないのにね。あー、めんどくさ」
気付けば時間は17時になり、空は夕暮れに包まれていた。
そろそろお別れの時間のようだ。勿論、タダで返すつもりはない。
これは失敗前提で組まれた作戦。だからこそ、恵はプランBを用意していた。
「柏谷さん。ちょっといいかな」
「え、なに?」
俺は伊織を呼び止めると、その瞳をジッと見つめる。
やるなら今しかない。決別する為にも、一矢報いる為にも。
「柏谷さん、俺と付き合ってくれませんか? 出会った日から気になってました」
俺は棒読みにならないよう、振り絞るように言葉を放った。
伊織は目を丸めて言葉を失っている。そして――。
「……ごめんなさい。私、竜也くんのことそこまで知らないし、そもそも恋愛とかあんまり考えた事なくて……」
少し申し訳なさそうに言葉を返した。
勿論、これは想定内。むしろOKされたら困る所だった。
プランBの内容は「此方から告白してフラれる」である。
勿論、ただただ自爆して終わる訳ではない。この作戦の真意は「振った事を後悔させる」という部分だ。
今から約10年後、某小説サイトでは「もう遅い」という言葉が凄まじく流行っていた。
主人公を迫害した人間に対して、以前よりも成功した様子を見せつけて、迫害した相手を後悔させるというもの。
この「もう遅い」だが、恋愛系だと主人公の失恋から始まる物語が多かったらしい。
恵はこの「もう遅い」をプランBとして用意した。
もし俺が超有名な野球選手になれば、きっと伊織はこの日の事を後悔する……という事らしい。
つまるところ、約10年後くらいの彼女に捧げる「もう遅い」なのだ。
「あ、友達からならいいけど」
ふと、伊織は戸惑いながら携帯を差し出してきた。
俺も携帯を取り出すと、懐かしの赤外線で連絡先を交換する。
……伊織から積極的に連絡が来るとも思えないな。
頃合いを見て着信拒否しておこう。そうすれば二度と関わる事もない。
「じゃ、ばいばい」
「ああ……さよなら」
俺達は最後にそんな言葉を交わした。
結局、正史では俺が過労死した事もあり、関係が有耶無耶のまま終わってしまった。
そういった意味でも、今日ちゃんと決別できて良かったのかもしれないな。
さようなら伊織、さようなら一度は愛した人。
もう二度と会う事はないだろう。