12.恥を捨てろ
試合を終えた俺達は、合コンの舞台である池袋に向かっていた。
「……ブロックサインはこんな感じで良いかな」
「異論はない。尤も、必要ないとは思うがな」
「かっしー手慣れてんねぇ。初めてじゃないっしょ~」
「サ、サインなんてあんのか……」
一応、電車内で打ち合わせを済ませておく。
合コンは男性陣の連携が重要だ。俺は数合わせでしか参加した事ないけど、社畜時代のヤリチンの後輩が豪語していた。
「しかし、柏原が参加するとは意外だな。琴穂は諦めたのか?」
ふと、そう問い掛けてきたのは堂上である。
やっぱ聞かれるよな。好きな人がいるのに合コンに行くなんて、普通に考えたら正気の沙汰ではない。
「断れなかったんだよ。それにこれも経験になるかなって」
「ふむ……経験値稼ぎという事か。合理的だが不誠実だな」
「お前にだけは言われたくねーわ。担当の夏美が聞いたら拗ねるぞ」
「夏美担当になった覚えはない」
堂上は無表情のまま言い切った。
相変わらず彼の考えている事は分からない。夏美の事はどう思っているのだろうか。
『次は池袋〜、池袋〜。お出口は……』
「っし、気合いれて行こーぜ!」
「う、うい~!」
と、そんな事を思っている内に、俺達の乗る電車は池袋駅に到着した。
京田は既に借りてきた猫みたいになっている。普段は女子とも普通に話しているが……合コンという舞台が彼を狂わせているのだろうか。
さて、場所は変わって某カラオケ店。
女の子達とも合流し、計8人の男女が交互になるよう座席についた。
「うぇーい! 鈴木優太、17歳! 歴代彼女全員にクズって言われました! しくよろー!!」
先陣を切った鈴木はそう叫ぶと、イチブトゼンブの前奏が流れ始めた。
そのペースだと自己紹介だけで30分以上かかるぞ、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
「自己紹介と一曲目セットなのウケるー」
「ごめんウチのバカが……」
「いやー全然! さすが盛り上げ上手って感じ!」
右隣の木更津(瑠)と言葉を交わす。
この子は本当に素直に褒めるな。捻くれた木更津(健)とは正反対だ。
「えー……めんどくさ。自己紹介だけで30分以上かかるじゃん」
そう呟いたのは左隣の伊織である。
くそ、ツッコミ丸被りしたな。本来の妻とはいえ屈辱的だ。
「なに歌おっかな。かっしーくんは普段どんな曲聴くの?」
「ん-、よく聞くのはい○ものがかりかな」
「あ! いおりん得意なやつじゃない!?」
「いや歌った事ないけど……」
「じゃあ今日デビューしよ! 絶対いおりんの歌い方と合ってるって!」
強引に誘導する木更津(瑠)に対し、伊織は少し困惑した表情を見せている。
伊織はアニソンと洋楽しか聴かない。メジャーな邦楽など無茶振りも良い所である。
しかし――。
「柏谷さんはA○Bとか合ってそうだけどな」
「あ、それなら歌えるかも」
本来なら夫婦になる俺は、伊織の持ち歌を把握している。
彼女がアニソン以外で歌えるのは、この時代に凄まじく流行った某48くらいだ。
これで1ポイントかな。然りげ無いフォローで得点を稼いでいこう。
「うぃ〜。じゃ、次ルミちゃん」
「えー、まだ曲決めてないよー」
「いや曲はいらないっしょ〜。全員同じノリでやったら明日になるぜ??」
「歌わなくていいんかい!」
「明日にはならないだろ……」
鈴木は歌い終えると、やりきった表情で席に着いた。
何はともあれインパクトは完璧だな。こういう男がモテるのだろうか。
さて、そんな感じで全員の自己紹介が始まった。
「木更津留美奈でーす! こう見えて1学期の期末テスト学年4位でした! よろしくー!」
「よっ! 空前絶後のインテリ美女!」
普通に凄いな。雰囲気は恵っぽいのに中身は正反対だ。
「柏原竜也です。野球部でピッチャーやってます」
「変化球よりもキレるツッコミに注目!!」
「そのクソみたいなキャッチフレーズいる??」
続けて俺。打ち合わせ通りとはいえクソ恥ずかしい。
合コン好きなやつ総じて頭おかしい説ある。
「えーと……柏谷伊織。読書とゲームが好きです」
「まさかの"柏"被り!!」
「これもう運命じゃな~い??」
そうそう、柏被りな。
初めて名前を明かした時「苗字似てるね」と共感したのを覚えている。
懐かしいな。もう未練はないどころか嫌いだけど、思い出すと複雑な部分はある。
「ふむ……堂上剛士だ。ここだけの話、優しさには定評がある。バファ○ンか俺か、と言った所だろう」
「嘘を吐くな嘘を」
あまりにもクソみたいな自己紹介に、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
堂上は急に誘ったから仕方がない部分もあるが、いくら何でも雑すぎるだろう。
「友永美由紀だよ~」
「きょ、京田陽介っす! あ、間違った。えっと、身の程知らずの~……」
「その仕切り直しは無理があるだろ……」
「井領智子でーす」
残りの3人は割愛。京田は嚙み嚙みでダダ滑りだった。
申し訳ないけど、この3人には端っこで退屈な時間を過ごして頂こう。
さて……ついに始まった伊織との最終決戦。
幸い、隣の席に着く事は出来た。あとは俺が口説けるか、という部分だろう。
都合よく「ざまぁ」なんて出来るとは思わないが……ここまで来たら、何かしらの落としどころは見つけたい所である。
そんな事を思いながら、俺は恥を捨てて「さくらんぼ」の曲を入れるのだった。