8.刺客と宿敵と
御茶川大付属に着いた俺達は、さっそく校舎内を散策していた。
さすが女子校というべきか。客引きの生徒達は揃いも揃って女の子である。
校則は無いに等しいと聞いていたが、富士谷に居るような露骨なギャルは見受けられなかった
「ここが天下の御茶川か。くぅ〜、良い匂いがするぜ……!」
「陽ちゃん興奮しすぎっしょ〜」
京田と鈴木はそんな言葉を交わしている。
一方、俺は目線だけを左右に動かして、周囲の女子生徒達に視線を配っていた。
「流石に琴ちゃんはいないっしょ〜」
「ってか、彼氏でもないのにその心配する必要ある??」
「京田しね」
「俺だけ!?!?」
勿論、琴穂を警戒している訳ではない。
なにを言おう、ここは本来なら結婚する女性――柏谷伊織の母校なのだ。
尤、向こうは俺に気付かないと思うが、どうしても体が警戒してしまう。
それに一度は結婚した女性だ。高校時代の姿は気にならなくもない。
もう1ミリたりとも未練はないけど、その程度の興味は持ち合わせている。
「で、誘ってくれた子ってどこよ」
「それがよ~、ウチらと違ってクラスの名前がややっこしくて覚えてねーんだわ」
「進学校は学問や学力で振り分けられるからな。理3なんちゃらとか」
「そうそう。確か理系だった気すんだけどな〜」
理系か。確か伊織も理数系だと言っていたな。
まあ問題ない。万が一、そこに彼女が居たとしても、此方から絡まなければ何も起きないだろう。
「あ、そういや焼きそば作るって言ってたわ~」
「それ家庭科室とか野外じゃねぇの。少なくとも教室でやんねぇだろ」
「ちょうど腹も減ってきたし食いに行こうぜ!」
結局、校舎内ではそれらしき姿を確認できず、俺達は野外スペースに移動した。
焼きそば屋に注意しながら歩き進んでいく。すると途中で、香ばしいソースの匂いが漂ってきた。
「あ、優くん! こっちこっち!!」
ふと、一人の女子生徒が手を振ってきた。
金髪のロングヘアーに金のカラコン。進学校にしては派手な身なりをしている。
「うぇ〜い。ルミちゃんに会いにきたぜ〜」
「え〜、嬉しいな〜! あ、後ろの大きい人はもしかして……!」
「彼こそが西東京が誇るかっしー様ってやつよ」
「わー凄い! 優くんは流石の人望だね! 一目見て慕われてそうだな〜、って思ったもん!」
「まあな〜、それ程でもあるわ〜」
どうやら彼女が鈴木を誘った子のようだ。
なんだろう、マイルドギャルな感じが恵に似ている気がする。
「みんなー、柏原くん来たよー」
「えー、見たい見たい!」
「誰?」
「ほら、甲子園に出てた子!」
「野球わかんないなぁ」
「結構タイプかも〜」
金髪の子が呼び掛けると、屋台の生徒達が物珍しそうに此方を見てきた。
すっかり有名人だな。この知名度を恵に分けたいまである。
「この子、かっしーの大ファンなんだってさ〜」
「サイン貰っちゃおっかな。このクラスTシャツに書いてくれない?」
金髪の子は着ているシャツを伸ばしてきた。
普通にお腹が見えている。実質アラサーのおじさんには刺激が強すぎるなぁ。
「留美奈ちゃんへ、でお願い!」
「いや……流石に難しいというか……」
「もしかして脱いだほうがいいかな?」
「このまま書くわ」
そんな感じで、俺はマジックでサインを書いた。
漢字わからないしカタカナでいいか。ルミナちゃんへ、っと……。
「わー嬉しい! かっしーくんって凄く字綺麗だね!」
「え、そう? あんま言われた事ねーけどな」
「達筆だよ〜。器用なのが文字から伝わってくるもん」
鈴木との会話を聞いても思ったけど、この人かなり大袈裟に褒めるよな。
正直、字は汚い方だと自覚しているけど……褒められて悪い気はしない。
「やっぱ健くんに勝った男は違うなぁ」
「健くん?」
「あたし、木更津留美奈っていうの。三高の木更津健太とは従兄弟なんだ」
「え、まじ? あの木更津と?」
「(お、興味持ってくれた。よしよし、いい感じだね〜)」
……あの木更津の親戚か。
鈴木を逆ナンするあたり、スパイ活動的の可能性もあるが――これは逆にチャンスでもある。
木更津(健)には謎が多い。もしかしたら、彼女を通じて分かる事があるかもしれないな。
「留美奈ー、遊んでないで仕事してよ」
と、そんな事を思っていると、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声は……忘れるはずもない。俺は恐る恐る視線を向けると、その少女の姿を捉えた。
黒髪のロングストレートに、少し地味そうな黒縁眼鏡。
そして女性にしては身長が高く、スラッとした体格をしている。
まだ垢抜けていないが間違いない。本来なら結婚する女性――柏谷伊織だ。
「あ、いおりん! 柏原くん来たよ!」
「誰??」
「ほら、甲子園に出てた凄い人!」
「あー……ごめん、野球わかんない」
木更津(留)と伊織はそんな言葉を交わしている。
そうそう、伊織は野球に1ミリも興味が無いんだよな。
だから俺が元プロ注という事も知らなかったし、故障で野球を辞めた件にも触れて来なかった。
「(あれ……かっしーくん、いおりんに興味津々な感じかな? よーし、それなら……!)」
ふと、木更津(留)はハッとした表情を見せた。
そして鈴木の肩を揺さぶると――。
「ねね、優くん。来週、野球部とウチらで合コンしない?」
なんて言い出したので、俺は思わず眉毛を曲げてしまった。
それだけは絶対にいけない。木更津(留)だけならまだしも、他の生徒――特に伊織との接点はリスクを伴う。
「うひょ〜、いいね〜。今日来れなかったメンツも誘ってみるわ〜」
「優くんの人望に期待! あと、かっしーくんと京田の陽ちゃんは強制参加だから〜」
「行く! 柏原もろとも絶対に参加させて頂きます!」
勝手に俺を参加させるなよ京田のクソが。
面倒な事になったな。いくら来週も午前中で終わるとはいえ、伊織と絡むのは前向きになれない。
せめて伊織が不参加表明してくれたら良いのだが――。
「いおりんも行くでしょ?」
「え……面倒臭い。帰ってゲームしたいんだけど」
「ダメ、絶対来て! それに男子ってゲーム好きな人多いし、ゲーマーの彼氏が出来るかもしれないよ?」
「うーん……彼氏とか興味ないけど、一緒にゲームする友達は欲しいかも」
「でしょ! じゃあ行こー!」
伊織はあっさり丸められてしまった。
元旦那として言わせてもらうけど、いくらなんでもチョロ過ぎたろう。
「ま、これも経験っしょ〜。琴ちゃんへの踏み台だと思ってさ〜」
「うおおおおおおおお! 俺にも春が来たぜえええ!!」
鈴木は相変わらずヘラヘラしていて、京田はアホみたいに興奮している。
こうして――転生者、チャラ男、童貞、ライバルの親戚、因縁の元妻らによる地獄の合コンは企画されたのだった。
▼木更津 瑠美奈
165cm58kg 御茶川女子大学附属 2年
木更津健太(都大三高)の従姉妹。
彼ほどではないが五感が冴えていて、その能力は日常で遺憾なく発揮されている。
とにかく人を立てるのが得意。何をやっても木更津(健)に勝てないのが密かにコンプレックス。
▼柏谷 伊織
168cm57kg 御茶川女子大学附属 2年
正史では柏原竜也と結婚した女性。
柏原と同じく少し面倒臭がりな性格で、どこかサバサバしている部分がある。
負けず嫌いなゲーマー。その性格が災いして正史では……。
今年も1年ありがとうございました。良いお年を。