32.切実な願いの末路
富士谷000 003 101=5
東山菅300 030 00=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣、大崎―仙波
照明と月明かりに照らされた八王子市民球場では、ブラスバンドによるSEE OFFが奏でられていた。
両校のスタンドからは、その音色に負けないくらい、大きな声援が飛び交っている。
9回表、二死二塁、1点ビハインド。相変わらず後がない状況で、5番の鈴木を迎えた。
『5番 ファースト 鈴木くん。背番号 3』
「おっしゃ~す」
鈴木は余裕たっぷりな振る舞いで右打席に入る。
こんな状況だと言うのに、全くと言っていいほど緊張感を見せていない。
よく言えば、それだけ落ち着けているという事なのだろうか。
三塁側ブルペンでは、背番号10の長身右腕・鵜飼さんが投球練習を行っていた。
今日投げた誰よりも速そうだが、それ以上に制球が破綻している。
6回の事もあるし、ここで鵜飼さんを出すのは勇気がいるだろう。
連続四死球やワイルドピッチが絡んで、ノーヒットで同点の可能性が出てくるからな。
「プレイッ!」
主審が試合再開を告げる。
二塁走者の俺は大きめにリードをとって、軟派な自由人に全てを託した。
一球目、内角甘めのストレートは見逃してストライク。
何故それを打たない。つい苛立ってしまった。
二球目、スライダーが外れてボール。
三球目、フロントドアのカーブ。これも僅かに外れた。
ワンストライク、ツーボール。
投手としては、次にストライクが欲しいところ。
打者としては、そのストライクを打ちに行きたいところ。
四球目、大崎さんが放った球は――外のストレート。
鈴木は悠々と見送ると、審判の右腕が上がった。
それも打たないのか。
くそ、次は打てよ。もう後がないんだからな。
五球目、内のシンカー。外れてボール。
六球目、外の際どいツーシーム。手を出してファール。
七球目、フロントドアのスライダー。後ろに飛ばしてファール。
そして八球目――。
「ボール、フォアッ!」
高めに浮いたストレートを見送ると、今日初めての四球を奪った。
この土壇場で四球待ちかよ。
しかも相手は制球の良い大崎さん。正気の沙汰とは思えない。
けど――これで逆転の走者が出たのだから、鈴木を褒めるしかないな。
「タァイムッ!」
ここでタイムが掛けられる。
東山大菅尾の内野陣がマウンドに集まると、円陣を組んで散っていった。
『6番 レフト 堂上くん。背番号 7』
9回表、1点ビハインドの二死一二塁。
引き続き一打同点のチャンスで、東京で一番頼れる6番打者・堂上剛士が右打席に入った。
「堂上ー! またホームラン打ってくれー!」
「頼むよ堂上ぇええええええ!!」
ブラスバンドが奏でる怪盗少女と共に、一塁側から大声援が沸き上がる。
ベンチで静かに祈る卯月の姿は、なんだか画になっているように見えた。
堂上がバットでベースを叩くと、主審が試合再開を告げた。
俺は更に大きなリードを取る。次の打者は自動アウトの近藤。だから堂上で絶対に同点にしなきゃいけない。
どんな当たりでもホームに突っ込む。それでダメなら諦めは……つかないけど、俺が孝太さんの為にできる事はそれしかない。
一球目、外のシンカーを見送ってストライク。
二球目、外のストレートを空振りしてストライク。
また配球が変わっている。遂に内外交互の配球を捨ててきた。
こうなってくると次の球は読めない。
プルヒッターの堂上に対して、徹底した外攻めで勝負するか。
それとも、続けた外を見せ球にして、内角で勝負してくるか。
わからない。わからないけど――何がなんでも打って欲しい。
俺にはそう願う事しかできない。
マウンドの背番号1・大崎さんが左足を上げた。
堂上はテイクバックを取ると、少しだけ前に踏み込む。
大崎さんから放たれた球は――外のスライダー。
見送ってくれ、と思った時には、堂上は既にバットを出していた。
「「わあああああああああああ!!!」」
悲鳴混じりの歓声が沸き上がる。
ボールに逃げるスライダー。堂上は何とか当てて振り抜くと、流れるようなバット投げと共に、一塁に走っていった。
打球は右方向に高々と上がる。
ライトの板垣さんは、定位置より少し後で足を止めた。
落とせ、落としてくれ。
俺はそう祈る事しかできない。
そして――。
次の瞬間、板垣さんは、慌てて後ろに走り出した。
「っしゃああ!!!!」
自然と声が漏れた。
堂上が放った打球は、板垣さんの上を高々と越えていった。
なんてことはない、初回の孝太さんと同じだ。
八王子市民球場の照明は、ライトの定位置によく突き刺さる。
照明と白球が被った結果、板垣さんは打球の行方を見失ったのだ。
俺は悠々とホームインして6点目。そして――。
「うっし、完璧っしょ!」
一塁走者、鈴木も生還して7点目。
俺と鈴木は右手を叩きあうと、一塁側のスタンドを見上げてみた。
「かっしー!」
恵はそう叫びながら、此方に向かってピースしていた。
恵に抱き付いている琴穂が可愛い。じゃなくて――。
後半だけで11安打1四球7得点。
お前が考えた耐球作戦、完璧だったぜ。
富士谷000 003 103=7
東山菅300 030 00=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣、大崎―仙波