6.サードを狙え!!
珍しく三人称視点。
とある日の練習試合の後。
野球部の部室前では、何時ものように京田や鈴木が茶番を繰り広げている。
その先の角を一つ曲がった部室脇。そこでは、Aチームの1年生達が黙々と着替えていた。
「中橋テメー、お前のせいで打席減ったじゃねーか。あそこで三盗はねぇだろ」
「いやいや、練習試合なんだから試さないと。実際、あの投手は分かり易そうに見えたしなー」
そう言葉を交わすのは津上と中橋。
今日の試合では、中橋が三盗に失敗していて、最終回に津上の前で打線が切れるという事があった。
津上はそれを根に持っているのだろう。
「俺も次の打席で試したい事あったんだけど」
「どうせホームラン狙いで大振りするだけだろ?」
「あ??」
「おん??」
この二人の不仲は今に始まった事ではない。
なので他の選手達も我関せず。中には茶化す選手もいるくらいだった。
「駒崎裁判長! 判決を!」
「誰が裁判長だ。ま、練習試合だしな。根拠のあるプレーは否定できねーよ」
「はい俺の勝ち! 残念でした〜」
「はんっ。併用野郎の言葉に価値なんてねえだろ」
「あ??」
駒崎に飛び火すると、彼は津上を睨みつける。
「上等じゃねえか。決着つけようぜ」
「よしきた! じゃあ駅まで走るかー」
「俺逆方向なんだけど。てか家まで1分だし」
「いいから来いや! 俺だって本当はチャリなんだよ!」
「じゃあ駅前のコロッケ買って戻ってくるってのはどうよ。ビリが後払いで奢りな」
「仕方ねーな。はいスタート」
「あ、ずりぃっ!!」
そして――津上は我先にと走り出すと、中橋と駒崎は慌てて追い掛けていった。
その姿を、他の1年生達は何処か羨ましそうに眺めている。
「いいよな、あいつら1試合目からスタメンだし」
「俺らなんて1試合目は1打席あれば良い方だもんな……」
ふと、大川と夏樹が言葉を交わした。
現状、主力クラスの1年生は津上、中橋、駒崎の3人である。
他の選手はどうしても出番に恵まれていない。
「……お前らはまだ良くね。一応チャンスあるんだからさ」
そう言葉を溢したのは戸田だった。
ちなみに彼は、野球推薦ながらも非常に影が薄い外野手である。
投手も兼任しているが、公式戦ではまるで出番が無かった。
「と言うと?」
「夏の起用を見ても内野は流動的だったろ? けど外野は野本さん、堂上さん、中橋で固定されてるんだよ」
夏樹が首を傾げると、戸田は淡々と言葉を並べた。
その瞬間、芳賀と上野原が見合わせる。同じ外野手として思う部分があったのだろう。
戸田の言う通り、富士谷の外野3人は完全に固定されている。
せいぜい、投手起用の関係で堂上と柏原が入れ替わるくらいだ。
「てことは、俺達って誰かが怪我しないと来年まで出番ない……?」
「そうなる。あと鈴木さんに勝たなきゃいけない中道もな」
「俺は代打マンで良いけどな〜。甲子園でもヒット打ったし」
「こいつ……」
一方、一塁手の中道は気楽そうだった。
彼は代打一番手のポジションを確立しつつある。
他の控えメンバーほどの焦りはないのだろう。
「どっどど、どうする?」
「堂上さんは絶対無理だから、中橋か野本さんか……それでも壁が高いな……」
芳賀と上野原は弱音を吐いている。
そんな中、戸田は口元をニヤリと歪めた。
「……一つ思いついたぜ。明日から内野ノックにも入ればいい。現状、スタメンから落ちるとしたら京田さんだからな」
そして――そう言葉を放つと、選手達は目を丸めて驚きを顕にした。
競争に勝てないなら、手薄なポジションにコンバートすればいい。
実際、戸田は内野手経験があるので、それが出来る選手だった。
「俺、左投げだから無理なんだが」
「外野ですら怪しい俺に内野は厳しいな……」
左投げの芳賀、元投手の上野原は難色を示している。
「(くそ、俺だけの聖域がバレてしまった……)」
「(確かに、関越一戦では大川がスタメンだったもんな。付け入る隙はあるかも)」
一方、大川は少し戸惑い、夏樹は顎に手を当てて感心していた。
捕手の2人は特別として、現状の「9人目の選手」は京田である。
控え1年生がレギュラー入りする場合、直接ないし間接的に京田に勝つのが手っ取り早いのだ。
「サードならワンチャンあるって」
「マジ? 俺もコンバートしようかなあ」
「こっち来んなや。最後の1枠は俺が頂くぜ」
その噂は、あっという間にBチームの面々にも伝わっていった。
彼らもベンチ入り最後の1枠を競っている。とにかく全員が必死なのだ。
※
「え……なんか多くね……?」
翌日、無駄に増えた三塁手を見て、京田は戸惑いを隠せなかった。
明らかにサードだけ人数が多い。むしろ外野が手薄になっている。
「(打球はっや!)」
「(捕れねえ……)」
「お前ら、遊んでないで自分のポジション戻れ!!」
しかし、Bチームのコンバート組は、畦上のノックで篩に掛けられてしまった。
そんな中、何人かの選手は必死にアピールを続けている。
「(俺だって推薦組なんだ。来年まで塩漬けなんて御免だぜ……!)」
言い出しっぺにして内外野兼任の戸田。
「(俺の聖域は譲らねぇ!)」
「(姉ちゃん、俺の為に枕してくれねーかなー)」
元から三塁手も兼任している大川と夏樹。
「(最後の1枠はすぐそこだ……!)」
そして――Bチームで元から三塁手を努めていた選手達。
サードが最もスタメンに近いと知った彼らは、より一層と精を出すのだった。