1.房総からの刺客
ここは都大三高の野球部寮。
23時を回っている事もあり、殆どの選手は眠りに就こうとしている。
そんな中、俺――木更津健太は筆を執っていた。
「木更津先生おるか、ちょっと確認したい事あるんやけど……って、また手紙書いとるんかい」
「そーなんですよ! 自分、真っ暗じゃないと寝られないのに……本当に困りますよね!」
俺の後ろでは、宇治原と山浅(同室の後輩)が言葉を交わしている。
都大三高野球部は携帯禁止。なので外部と連絡を取るには、どうしてもアナログな手段に頼らざるを得ない。
「で、誰に書いとるん? 彼女か?」
「居ると思うか?? あん??」
「そんなキレなくてもええやん……」
ああ、クソい。
この野球漬けの人生で、恋人など出来る筈もないだろう。
「従姉妹だよ。忙しい俺の代わりに動いて貰おうと思ってな」
「はえー。先生にも親族とかおったんやな」
「居るに決まってんだろ……」
コイツは俺が無から産まれた化け物だと思ってんのか?
まあいい……関西人に合わせていたら徹夜コースになる。ここは掘り下げずに話を進めよう。
「ほら、富士谷に負けた日に言ったろ。柏原を崩すならマネージャー共から……つまり女絡みだってな」
「ほお……つまり従姉妹にマネを誘拐してもらうって事やな」
「する訳ねえだろバカ。簡単なハニトラを仕掛けるだけだよ」
筆を執った理由は他でもない。
俺の従姉妹を使って、柏原を誘惑してみようと思ったのだ。
「ハニトラて……それ従姉妹さん可愛くなきゃ成立せーへんやろ。先生の女版って考えたら無謀な気するで」
「ぶっ飛ばすぞクソノーコン。そうだな……ちょっと待ってろ」
俺は紙切れに従姉妹の似顔絵を描いてみた。
金髪のロングヘア―、カラコンの入った大きな瞳、後は……まつ毛も長かったか。
インプットとアウトプットは得意だ。我ながら完成度は高いと思う。
「ほれ。これが従姉妹の似顔絵な」
「ちょ……これホンマならめっちゃかわええやん。富士谷のボインにも勝てる気がするで」
「そっちに勝っても意味ねえよ。尤も、コイツの真髄は容姿じゃねーけどな」
少し興奮気味の宇治原に対して、俺は冷静に言葉を返した。
従姉妹の木更津留美奈は、俺と同じように五感が冴えている。
彼女なら何かしらの成果を出してくれるだろう。
「そうなんや。んで、ハニトラの具体的な内容はどうなん?」
「従姉妹……留美奈には柏原に接触してもらう。その後はノープランだな」
「はあ? そんなん何の意味もないやろ」
「……どうだろうな」
不満気味の宇治原に対して、俺は口元をニヤリと歪めた。
フェアプレー精神というものがある以上、損害を与えるような罠やスパイ活動は仕掛けられない。
だから留美奈には接触してもらうだけ。それでも、俺は何らかの効果があると思っている。
人は変化に弱い。
厳密に言うなら、変化は人から体力と時間を奪っていく。
柏原に新しい出会いを与える事で、少なからず「野球以外」を考える時間は増えるだろう。
「ま、ルールに反さない範囲でやれる事をやるってだけだからな。期待はすんなよ」
「せやな。やっぱ力で捻じ伏せてこそや」
「(早く寝かせてくれないかなぁ……)」
さて……布石は打っておいた。
2番手投手の育成も順調なので、後は富士谷と当たるのを待つだけである。
……できれば準決勝より前で当たりたいな。
夏に俺達が味わった屈辱、倍以上にして返してやるよ。