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【閑話】もう一つの世界の私へ(後)

 ヤリ捨てされて以降、私は無気力な日々を過ごしていた。

 次の出会いに切り替えられず、ネット小説を漁る日々。現実逃避とはこの事である。


「パラレルワールドねぇ。選択肢を間違えなかった私は幸せになってんのかなぁ」


 最近のマイブームはパラレルワールド、そして死に戻り系だった。

 現実逃避だから仕方がない。上手く立ち回れた世界線というのを、どうしても想像してしまう。


「ん……メッセージか」


 ふと、メッセージアプリの通知が届いた。

 もう3年くらい使われていない「2012年度卒☆富士谷高校野球部」のグループだ。



○中里隆史

みんな久しぶり

突然だけど今度の日曜に恵の墓参り行かない?

あれから10年経つし、俺達の元気な姿を見せてあげようぜ



 中里か。懐かしいな。

 私達の世代のエースで、チームの中心的な人物だった。


○卯月夏美

いけるよ


○きょーだよーすけ

急すぎんだろw

まーいいけどさー


○野本圭太

その日は予定あるかも


○中里隆史

いやキャプテンは強制参加だから笑


○野本圭太

うーん

じゃあ嫁と相談してみるよ


○きょーだよーすけ

え、野本結婚したの?

画面の中とかじゃなくて?


○野本圭太

失礼な……

まあゲームで出会った人だけどね


○金剛

ごめん

その日は息子の誕生日だわ


○杉山

俺もデートだから無理


○中里隆史

誕生日は仕方ねえけど、デートは先延ばしに出来ねえの?


○杉山

いやディナー予約したし

プロポーズする予定だから


○きょーだよーすけ

初恋の相手の10回忌にプロポーズする奴www


○中里隆史

あの時みたいにフラれないといいな笑


○杉山

やっぱ行くわ

京田と中里殺す


○中里隆史

いやプロポーズしてこい笑

健闘を祈るわ


 やり取りの内容がいちいち心臓に突き刺さる。

 この歳になると結婚しているか、結婚を視野に入れている同級生が多い。

 返信すらしない連中も、昔の友人の事など忘れて幸せになっているのだろう。



 そんなやり取りをした週の日曜日、私は東小金井の地を訪れた。

 集まったメンバーは中里、圭太、京田の3人。私を含めた4人で瀬川先生の家を訪れる。

 私は仏壇に線香をあげると、手を合わせて目を閉じた。


「急にすいません」

「いや……よく来てくれた。皆に会えて恵も喜んでいるだろう……」


 久々に見た瀬川先生は、何だか随分と老けたように見えた。

 溺愛していた娘が亡くなって、衰弱に歯止めが掛からないのだろう。


「じゃ、自分達はそろそろ行きます」

「墓参りなら私も行こう。よっと……いててててっ!」

「あなた、無理なさらないで……」


 瀬川先生は立ち上がろうとしたが、腰を痛そうにしていたので置いていく事になった。

 瀬川家の実家を後にすると、続いて墓地で手を合わせる。


「ふー……これ2回やる意味あった?」

「これが最後かもしれないしな。どっちにも顔出しとこうぜ的な」

「実際、こうやって集まるの3年ぶりだもんね」


 これで最後……か。

 あの子――恵と会うのも最後かと思うと、何だか心苦しさすら感じる。

 私は恵と些細な事で喧嘩して、病気で倒れるまで仲直り出来なかった。

 未だに罪悪感はあるし、色んな意味で特別な友人だったと言える。


「で、野本の嫁見せろよ」

「京田くんが見せるならいいよ。じゃないと不平等だし」

「出た、恋バナタダ乗り罪! 恵がよく言ってたよな〜」

「僕は夏美側だったからそのネタ知らないけどね……」


 再び心臓に悪い話題が降り掛かった。

 そして――恋人のいない私はタダ乗りするしかない。

 森村勇樹の画像を出すのは可能だが、ヤリ捨てしてきた男を彼氏と言い張ること程、みっともない行為もないだろう。


「つーか俺、結婚してねえし。まあ彼女なら見せれるけどよ」

「卯月は相手いねーの?」

「いねえよ、悪かったな」

「な、なんかゴメン……いないなら仕方ないし……無料で見ていいからな……?」

「哀れむのやめろ!!」


 高校時代の友人といると、つい当時のノリを思い出してしまう。

 京田と中里は訳あって話せない時期があったけど、大学時代に飲んだ時は楽しい時を過ごした。

 その全てが懐かしい。なんだか涙が出そうになる。


「おー、いい子そうだね。同棲してるの?」

「いや、お互いに実家。まー家族公認だけどよ。んじゃ野本も見せろ」

「はい。あんま見せたくないんだけどね」

「コスプレの写真じゃん! 何とも野本らしい嫁だな〜」


 圭太の嫁は知っている。京田の彼女は……正直、そんなに可愛くないな。

 しかも28で両方実家……って、何を思っているんだ私は。

 マウント癖が付きつつあるという事実に、我ながらショックを受けてしまう。


「どうする? このあと飲む?」

「まあ一杯だけなら」

「明日仕事だしなー。一軒だけならいいぜ」

「皆が行くなら私も行くよ」


 そんな会話をしてから、私達は居酒屋で少しだけジョッキを交わした。

 たった90分と短時間だったけど、ここ最近――いやここ数年で一番濃密な時間を過ごせた気がする。


「じゃ、またなー」

「おうよ。また時間作って会おうぜ」


 やがて解散すると、私達は東小金井駅で二手に分かれた。

 圭太と京田は高尾方面、私と中里は東京方面の電車に乗る。


「春ちゃんと同じ職場なのかよ! なっつかしーなー!」

「中里は春香と仲良かったよな。ってか連絡とってないのかよ」

「もー全然よ。結婚したら女友達と連絡なんて簡単に取れんて」


 中里との帰宅も楽しい時間だった。

 彼は既婚者だけど、たっぽぉ誕生に居た誰よりも話しやすく、そして会話が弾んだ。


「ところで、派閥って何で出来たんだろーな」


 荻窪(中里の今の最寄り駅)が近付いて来た頃、私はそう問いかけてみた。

 高校時代、私と恵が仲違いした事で「恵派」「卯月派」という物があった。

 恵派の人間は私と、卯月派の人間は恵と、雑談をしてはいけないという物。

 しかし、私はそんな指示を出していないし、恵も出していない様子だった。


「あー……わりぃ。アレ実は俺が噂流したんだわ」

「はぁ!?」


 意外な答えに、私は思わず目を丸めてしまう。

 こんな所に黒幕が居たとは。しかし何故、そんな事をしたのだろうか。


「俺、高校のとき卯月のこと好きだったんだよ。んで、部員の大多数が恵派になる事を見込んで、そんな噂を流してみたんだよな」

「そうは言うけど、おまえ恵側にいたよな……?」

「ああ。卯月の貴重な理解者になるつもりが、普段から恵とばっか話してたせいで、何時の間にか恵派に巻き込まれてなー。いやー、しくじったわ」

「えぇ……。ってか、私のこと好きって……」


 そして――意外すぎる動機に、思わず顔が熱くなってしまった。


「好き"だった"な。今も好きだったら大問題だわ」

「は、ははっ、確かに。けど少し残念だな……なんて」


 何から何まで噛み合わない。

 どこかで選択肢を間違えなければ、今頃この人と幸せになっていたかもしれないのに。

 いや――もしかしたら、中里でも森村勇樹でもない、もっと素敵な人と結ばれていたかもしれない。


 ふと、最近ハマっているネット小説を思い出した。

 パラレルワールド、そして死に戻り。実際に存在するとは思えないけど……もし存在するのなら、別の世界線にいる私や、過去の私に伝えたい事かある。


 どうか私みたいにならないで欲しい。

 稚拙なマウントを恐れて、くだらない見栄を張って、自分を棚に上げて他人を下に見る。

 こんな大人には絶対になっちゃダメなんだ。


 他人の声も大事だけど、自分の意思をしっかり持って、流されない人間になって欲しい。

 そして自分の意思には抗わないような、素直な人間になって欲しい。  

 そうすれば、きっと恵とも仲違いしないし、素敵な相手も見つかると思うから。


「あ……やっぱホテル行く? 一夜限りの関係なら可能だぜ?」

「死ね」


 それともう一つ。

 別の世界線では、コイツが小さな不幸に見舞われますように……と。






「うわああああああああ!!」


 ふと目が覚めると、そこは兵庫県の某ホテルだった。

 私はすかさず携帯を開く。カレンダーは2011年8月16日、時刻は3時を指していた。


 ……夢か。なんか恐ろしく生々しい夢だった。

 妙にリアルだったし、なんだか本当の出来事のように頭から離れない。


「こ、怖えええええええ!!」


 思わず二度も叫んでしまった。

 いや、本当に怖かった。10年後の私は彼氏すらいないし、それどころか騙されるって……。

 ってか、結婚前にそういう事していいのか? 犯罪とかにならないのか……?


「なっちゃんうるさい……」

「どーしたのっ? だいじょーぶっ?」


 どうやら恵と琴穂も起こしてしまったようだ。

 その顔を見て、妙な安心感に襲われて、つい泣きそうになってしまう。

 

「すんげー怖い夢みたんだよ」

「どんな夢?」

「なんか大人の私が婚活失敗して、まぁその……いわゆる売れ残る的な……」

「なっちゃん理想高そうだもんねっ」

「余計なお世話だわ!」

「も~……うるさいって……」


 琴穂と言葉を交わしていると、眠そうな恵に怒られてしまった。

 ちなみに恵は寝起き最悪。琴穂が便所の同伴相手に私を選ぶのも、寝起きの恵が怖いからだった。


「……なに」


 ふと、私は恵を見つめてしまった。恵は目を細めて睨んでくる。

 婚活に失敗するのも怖かったが――それ以上に怖かったのが、私と恵は仲違いしていて、恵は死んでいるという部分だった。


 たかが夢かもしれない。

 けど、恐ろしくリアリティがあったし、現実の事のように思えてしまう。

 なにより「あのノート」を見た後だ。夢では中里も金剛も杉山もいたし、それが輪をかけて不気味だった。


「ちょっ……」


 私は無言で恵を抱き締めた。

 そうしないと、恵が消えて無くなりそうな気がしたから。

 その温かい抱き心地を感じて、ようやく私も落ち着けた気がした。 


「なっちゃん暑苦しい……」

「えぇ!?」

「あははっ。いつもは逆なのにねー」


 恵は私を突っぱねて、一人で布団に潜ってしまった。

 まぁ……恵が生きてて良かった。アレはただの夢であって欲しい。

 今はそう願うばかりだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] すごく今更だけど作者さんもしかして中日ファン?
[一言] 中里の怪我は別世界からの呪い。 やった事からすれば、納得。
[一言] 中里くん。 どこまでも要領の悪い子orz
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