39.ぱんどらぼっくすっ!
関越一高に敗戦した日の夜、私――卯月夏美は、一人で部屋に取り残されていた。
琴穂と恵は柏原の部屋に遊びに行っている。私も誘われたけど、疲れているし遠慮させて頂いた。
「……やるか」
ふと、私は独りでに呟いた。
部屋に残った理由は疲労だけではない。
この甲子園生活の中で、どうしてもやりたい事があったのだ。
私は部屋の鍵を閉めると、迷わず琴穂の旅行バッグに手を掛けた。
早速、中身を探ってみる。先ずはシンプルなポーチを手に取ってみた。
「んー……やっぱ無いよなぁ」
ポーチの中には、化粧品や香水などが入っている。
どれも雑談で名前が挙がったものばかり。こっそり使っている秘密兵器みたいな物は無さそうだ。
部屋に残った理由は他でもない。
私は恐ろしく女子力が低いので、可愛い二人の私物をマネして、少しでも近付こうという魂胆である。
もしかしたら、何か凄い物を使っているかもしれない。たぶん無いとは思うけど、一応探ってみるに至った。
「パンツ多すぎだろ、洗濯すりゃこんなにいらんて」
次に目に付いたのは下着の入った袋。
無駄に数が多いな……なんて思いながらも、少し視線を奪われてしまった。
「このフリル付いてるの可愛いな……メモしとくか」
琴穂は下着に拘りがあるらしく、本当に色んな種類を持っている。
子供っぽい綿の縞々から、ちょっと背伸びしたサテン生地まで。
どうせ人には見せない部分だけど……意識は内面からと言うし、これは参考にしておこう。
「恵のはあんま開けたくねぇなぁ」
続いて恵のバッグに手を伸ばす。
分かってはいたけど恐ろしく整理整頓できていない。
何処に何があるか分かったもんじゃないな。
「お、野球ノートだ」
そんな中、私は緑色のノートを手に取った。
恵はよく野球ノート的なモノを書いている。中身は秘密らしいけど、ちょっとだけ覗いてみる事にした。
「おお……すげえ……」
ノートを開くと、女の子らしい丸みのある文字で、その日の反省が日記形式で綴られていた。
失礼な言い方だけど恵らしくない。几帳面な一面もあるじゃないか……と感心してしまう。
「お、こっちにもあんじゃん」
続けて、水色のノートを手に取った。
此方は公式戦のスコアがビッシリと書かれている。
富士谷の試合から無関係の試合まで、本当に事細かに書かれて――。
「……え?」
その瞬間、私は思わず目を丸めてしまった。
☆2010年7月3日(日) はれ
西東京大会1回戦 上ゆ木公園球場
富士谷300 012 111=9
青_瀬002 410 21x=10
【富】中里、金剛、島井、京田―杉山
【青】町田、大原、佐藤?、大原―石山
・3回裏に中里けがした。
・町田さんは立ち上がりのコントロールわるい。
・青瀬のショートはエラー多い。
これは確か……去年の夏の1回戦だ。
堂上が5回途中までノーノ―して、6回コールドで勝った記憶がある。
しかし、このノート上では9対10で敗戦。富士谷の継投は1ミリも合っていない。
ごめん全く意味が分からない……中里と金剛と杉山って誰だよ。
あ、金剛は同じクラスに居るな。野球経験者らしいけど、当然ながら野球部には入っていない。
それと中里って苗字の人は福生に居た気がするが……杉山に関しては聞いたこともない人間だった。
恵は妄想でスコアを書く痛い子だったのか……?
しかし、妄想だとしたら富士谷は勝たせるだろう。
そもそも、他校同士の試合はだいたい合ってる。
仮に予測だったとしても、架空の選手を入れる意味が分からない。
☆2011年7月12日(火) はれ
西東京大会2回戦 上ゆ木球場
富士谷000 100 010=2
パウル200 000 11x=4
【富】島井―杉山
【パ】松野―忘れた
・松野さんストレート速め。
・中軸と真弓くんめっちゃ打つ。
・中里けがで投げられず。(7月1週目のシート打撃)
・弱小だと思ったら強かった、よう注意。
これも違う。ここで負けていたら私達は甲子園に居ない筈だ。
あと相手捕手を忘れたって……調べれば出る情報なのに、何故ここは曖昧なのだろうか。
☆2012年7月19日(木) はれ
西東京大会5回戦 市営立川球場
佼呈学園000 010 103=5
富士谷_100 200 000=3
【佼】森、前野―北本?
【富】中里、金剛、京田―杉山
・7回表に中里けがした。
・残塁多かった。
・9回にエラーとフォアが……。
・森くんは対策すれば打てる。
・前野くんのタテスラは練習しても打てなかった。
ああ……とうとう未来のスコアが出てしまった。
思わず恵の頭を心配してしまう。それと同時に、どこか得体の知れない不安に襲われ、鳥肌が立ってしまった。
架空のスコアの数々は何を意味しているのだろうか。
分からない。分からないけど――もし非現実的な仮説を立てるなら、その答えは一つしかない。
恵は未来から来ている。そして、歴史の修正的な事をしているのだろう。
「……なんて、映画の見過ぎだな。ナイナイ」
私は自分にそう言い聞かせて、水色のノートを元の場所に戻した。
しかし、不気味な恐怖感は拭えない。実際の所、恵(と柏原)は異常なほど先見の明がある。
それでも「ありえない」とは思うけど――もしかしたらもしかすると、柏原は何か知っているのかもしれないな。
「なっちゃん開けて!! も、漏れちゃうっ!!」
「そうやって一人でエッチな事して~! 言ってくれたら手伝うのに~!」
気付けば、琴穂と恵が部屋の前に戻ってきていた。
私は慌てて鍵を開ける。全く言い訳が思い付かなかったので、間違えて閉めたという事にした。
6章はここまで。マイペースに書いていたら冬になってしまいました。
7章は12月17日(金)から連載予定。
その間に閑話(全3話構成)を投稿していきます。
また、筆の調子次第では早めに始めるかもしれません。
最後になりましたが、コメント、評価、ブックマーク等々、いつもありがとうございます!
お陰で何とか頑張れています。けど冬は私用で忙しいので……投稿ペースは許してください……!




