38.もう始まっている
「読心術ぅ??」
関越一高に敗戦した日の夜、俺は相沢と通話していた。
西東京のラスボス・都大三高。その司令塔である木更津は、人の心を察する能力に長けているらしい。
「うん。本当に心が読める訳ないけど、木更津くんはそれに近い事が出来るんだよね。だから都大三高に"読み打ち"は通用しない。来た球に対応する力が問われてくるよ」
「つってもなぁ。あそこのエースは160キロ投げるんだぜ?」
「だからこそだよ。裏突かれたら絶対に打てないんだし、とにかく帰ってきたら速球対策を徹底しよう」
相沢とはそんな感じで、秋季大会に向けての打ち合わせをしていた。
もう先の話か……と思うかもしれないが、こればかりは仕方がない。
あと一ヵ月もしない内に秋季都大会が幕を開ける。次への戦いは既に始まっているのだ。
「それにしても、最後は失投だったね。あそこはスプリットだと思ったけど」
「……そうかな」
「ま、インハイのストレートもアリだとは思ったし、最高のストレートを打たれたんだから、松岡くんを褒めるしかないとは思うけどね」
「完敗だったのは違いねーな。とりあえず今日は寝るわ。疲れた」
「了解。松岡くんとの連絡は頼んだよ」
「へいよ」
最後にそんな言葉を交わしてから、俺は電話を切ろうとした。
すると相沢は「待って」と呼び止めて来る。
「そういえば、東京U-17キューバ遠征の話はどうする?」
「そんなのあったな。存在忘れてたわ」
U-17東京選抜。存在を忘れていたが、これは東京特有の行事である。
秋季大会終了後、東京の高校球児のオールスタ―的なものが組まれて、世界の何処か(年によって違う)に遠征するのだ。
この年はキューバ遠征。ちなみに実施されない年もあり、去年は東京選抜が行われなかった。
「富士谷からは柏原くんと堂上くんが一次推薦に選ばれてるよね。ウチからは俺と折坂が出る予定」
「そうだったか。堂上は出たがるだろうし、本推薦でも選ばれるようなら出るかな」
「そうこなくっちゃ。都大三高の選手と共演する貴重な機会だしね。じゃ、切るよ」
「おう、おやすみ」
今度こそ電話を切ると、俺はホッとため息を吐く。
負けたばかりだと言うのに忙しいな。秋季ブロック大会、秋季本大会、そして神宮大会と東京選抜。
島井さんには申し訳ないけど、国体には出なくて良かったのかもしれない。
あまりにも予定が詰まり過ぎている。
「かっしー!」
「やっほ~。遊びにきたよ~」
そんな事を思っていると、琴穂と恵が部屋に入ってきた。
さすが俺の天使。癒して欲しいタイミングで的確に来てくれる。
連れてきた恵にも感謝の意を捧げよう。
「あれ、津上くんは?」
「バット持ってどっかいった」
「え~意外! めちゃ真面目じゃん!」
「アイツは普通に練習熱心だよ。先輩を舐め腐ってるだけで」
ちなみに津上は外出中である。
本当にタイミングが良い。控え目に言ってもベストタイミングだ。
「……負けちゃったね」
「ああ。俺の力不足だった」
「そうかなぁ。不運な当たり多すぎない?」
「9回のフォアボールも入ってるよねっ」
「ま、それも含めて実力だからな。負けは負けだよ」
俺はそう言って、琴穂の頭をポンッと叩いた。
確かに不運な当たりや判定はあったかもしれない。
しかし、此方にも落ち度はあった。四球にせよ内野安打にせよ、やりようによっては防ぐ事は出来ただろう。
「瀬川監督は何か言ってた?」
「ミーティングの時と一緒! 肉おじ(畦上)とお酒飲みながら『采配ミスったな~』ってボヤいてたよ〜」
「そうか……」
ちなみに、瀬川監督はミーティングで采配ミスを謝罪していた。
裏目に出てしまった選手起用。それも含めると、この敗北はチーム全体の敗北と言えるのかもしれない。
「かっしー! 飲んで忘れよっ!」
やや暗い雰囲気が漂う中、琴穂はそう言って天然水を差し出してきた。
これで酔えと言うのか。いや、琴穂となら酔える気すらするけど、天然水で乾杯は斬新すぎるだろう。
「あ~! こんな時間に飲むとなっちゃんに怒られるよ~?」
「だ、大丈夫だよっ! 今晩はオールナイトだしっ!」
「する訳ないでしょ……。かっしーも津上くんもお疲れなんだし、なにより私もクタクタだよ」
なんの話だろう……と言うのは置いといて、せっかく来てくれたんだ。
一杯くらいは付き合おう。そう思って、俺はペットボトルを手に取った。
「じゃ、一杯だけ飲むか」
「そうだね~。甲子園お疲れ様~」
「かんぱーいっ!」
そして――天然水で乾杯すると、今大会を締め括った。
これで2年目の夏が終了。明日からは新チームとなり、俺達のラストイヤーが幕を開ける。
最後には笑っているのは誰だろうか。
俺か木更津か相沢か、それとも別のチームの誰かか。
その答えは――まだ誰にも分からない。
章完結っぽい雰囲気ですが後1話あります。
余談ですが、U―17東京選抜はご都合イベントではなく、実際に東京高野連主催で不定期的に行われる行事だったりします。