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37.打球の行方、彼らの行方

富士谷000 102 001=4

関越一000 003 00=3

【富】柏原―駒崎、近藤、松井

【関】仲村、松岡―土村

「わああああああああああああああ!!」


 周平がバットを振り切ると、今日一番の大歓声が沸き上がった。

 内角高めのストレートで詰まらせた当たり。にも関わらず――打球はセンターに高々と上がっていった。


 俺は振り返って夜空を見上げる。

 センター後方まで伸びそうな打球と共に、バックスクリーンに表示された「148km/h」の文字が視界に入った。

 

 もはや犠牲フライ迄は間違いない。

 後は追い付いて同点になるか、追い付けずにサヨナラになるか、という部分である。


「(抜けろ……!)」

「(追い付ける……!)」


 周平は足を止めて打球の行方を追っている。

 一方、野本は目線を切って打球を追いかけていた。


 頼む、どうか捕ってほしい。俺にはそう願う事しか出来ない。

 そして――その光景と心境は、以前にも体験した事がある感覚だった。


 忘れもしない高校3年の夏。

 あの時も満塁で、俺はセンター後方へ飛んだ打球を見守っていた。

 そして打球を追った大越は追い付けずに――。


「フェア!!」

「わあああああああああああああああああ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そう思った次の瞬間、打球は野本のグラブの先を越えていった。

 野本はその場で膝をつく。打球は転々とフェンスまで転がっていった。


「よっしゃあああ!!!」

「ないす周平!!」


 森久保さんがホームに帰った瞬間、関越一高の選手達はベンチから飛び出してきた。

 センターオーバーの逆転サヨナラタイムリー。決めたのはかつての親友・松岡周平だった。


 ……もはや言い訳の余地もない。

 内角高めギリギリに決まった148キロのストレート。

 これを力で運ばれたのだから、完敗と言わざるを得ないだろう。


「かっしー、集合だってよ~」

「ああ……」


 鈴木に促されて、俺はホームの前に整列した。

 向かい側には本来の母校・関越一高の選手がズラリと並んでいる。

 ふと周平と視線が交差すると、彼は「してやったり」と言わんばかりの表情をしていた。 


「えー……5対4で、関越第一高校の勝利とする。ゲーム!!」

「あざっしたぁ!!」


 最後に一礼してから、両校の選手達は右手を交わしていった。

 俺は周平と右手を交わす。特に言葉を交わす訳でもなく、右手を離して背中を向けた。

 すると次の瞬間――。

 

「……メアドは変えてねぇから」


 周平はそう呟いてから去っていった。 

 メールしてこい、という事なのだろうか。

 しかし、その期待には応えられない。何故なら―― 

  

「メアドなんて覚えてる訳ないだろ……」


 いくら親友とはいえ、メールアドレスなんて一字一句覚えていない。

 一度登録したら使わないし、大学以降はメッセージアプリだった。思い出せる訳ないだろう。


 まぁ……携帯が一緒なら電話番号も一緒か。

 時間があるときに掛けてみよう、という事で取り敢えずは事なきを得た。





 試合終了後、選手達は宿に戻る準備をしていた。

 もう時間は20時を回っている。ミーティングは宿に戻ってからとの事だった。


「……すいません、勝てなくて」


 そんな中、俺は島井さんに頭を下げていた。

 国体出場は絶望的。これで島井さんは公式戦の機会を失った訳だ。


「なに言ってんだよ。ひでー時は部員3人だったんぜ? 甲子園に2回も出れたんだから十分過ぎんだろ~」


 島井さんは軽い口調でそう語った。

 甲子園に出れたとは言うけど、島井さんは試合に殆ど出ていない。今回に至ってはメンバー外だ。

 にも関わらず――そこに涙は無く、むしろ前を向いているように見えた。


「それに、高校で悔しい思いをしたからこそ、大学でも続けようって思えたしさ」


 その言葉を聞いて、俺は思わず感心してしまった。

 高校球児の殆どは高校で硬式野球を辞める。その中で、島井さんは硬式野球を続けると宣言したのだ。

  

「都立のベンチが通用するかはわからないけど、ここまで頑張ったのに辞めるのは勿体ねーなって。それに俺も一応140キロ右腕だしな!」


 島井さんは万年ベンチの選手だった。

 しかし、全てのポジションを守れる器用さと、MAX140キロの無駄に強い肩と、これまた数だけは無駄に多い球種がある。

 もしかしたら――島井さんが輝くチームがあるかもしれないな。 


「俺も続けるぜ。高校じゃ殆ど出番無かったからな」


 そう言って会話に入ってきたのは田村さん。

 彼もまたMAX140キロ超の本格派。最後まで1年間のブランクが尾を引いたが、ポテンシャルが高いのは間違いない。

 島井さんよりも実績はあるので、やる気さえ続けば活躍の場はあるだろう。


 結局、富士谷の3年生は全員ベンチになってしまった。

 本当なら悔しいに違いない。人によっては、悪夢に魘され続ける事もあるくらいだ。

 しかし、彼らは既に前を向いている。補欠で終わった経験を、次のステージに向けての糧にしたのだ。 


 これも瀬川監督の教育か。それとも、俺がチームを変えた結果、意識も変わったという事なのか。

 わからない。わからないけど――いつか人生を振り返った時、富士谷野球部で良かったと思って欲しい。

 チームを変えてしまった人間として、俺は心からそう思う。


「あ……えっと……俺はもういいかな……」

「阿藤おまえ……」

「だっさ……」

 

 阿藤さんは申し訳なさそうに言葉を溢すと、辺りは過去一番の失笑に包まれた。

 まぁ……阿藤さんは出場機会に恵まれていた。高校で完全燃焼できたのだろう。

 恐ろしく締まりが悪かったけど、ポジティブに捉える事にした。 

富士谷000 102 001=4

関越一000 003 002x=5

【富】柏原―駒崎、近藤、松井

【関】仲村、松岡―土村



実例「東京対決」

第92回全国高等学校野球選手権大会3回戦

関東一高10-6早稲田実業


・解説

甲子園では珍しい東京勢同士の対決は、通算で4回ほど実現しました。

直近だと約10年前の2010年、関東一高と早稲田実業の一戦。中盤以降は関東一高が主導権を握るも、最終回に早稲田実業が追い上げる展開になりました。

余談ですが、これは偶然にも自分の世代だったのでよく覚えています。引退直後で暇だったので見てました。


第6章は残り1~2話で終わると思います。

去年もそうだったのですが、この時期は私用が忙しいので更新ペースが落ちています。

出来るだけ早く書けるよう頑張ります……!

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