34.第二関門
富士谷000 102 001=4
関越一000 003 00=3
【富】柏原―駒崎、近藤、松井
【関】仲村、松岡―土村
ナイターゲームになった阪神甲子園球場には、ブラスバンドが奏でる暴れん坊将軍の音色が響いていた。
『4番 ピッチャー 松岡くん。背番号 3』
9回裏、1点リード、そして一死満塁。
もはや逃げ場の無い場面で、松岡周平が右打席に入った。
「(さすが竜也、エンタメってのを分かってんじゃん。やっぱ俺達の対決で決めないとな)」
周平は俺を見て口元をニヤリと歪める。
犠牲フライでも同点である以上、周平に分があるのは間違いない。
落ち着け……俺。
周平は世代No.1の飛距離を誇るが、打率という部分では普通の好打者レベルである。
木田哲人のような絶望感はない。そして、二塁走者が森久保さんである以上、単打でもホームランでもサヨナラに変わりはない。
抑えるか打たれるか、この打席の答えは二つだけだ。
「(……っし、ぜってー勝つ。お前の為にもな)」
周平は力強くバットを構えた。
一球目、松井のサインは外のスライダー。
俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
「ボール!!」
周平はバットを止めてボール。
初球はボールで様子を見たが、悠々と見送られてしまった。
「(次は外ストで良いでしょう。ギリギリにオナシャス)」
二球目、松井の要求は外のストレート。
俺は一つ目のサインに頷くと、セットポジションから腕を振り抜いた。
「ファール!!」
打球は一塁側スタンドに飛び込んでファール。
先ずは1ストライク1ボール、互角の展開に持ち込んだ。
「(キャッチャー1年坊主だけど、ルイスには使ったし俺にも来るかな)」
「(一旦スプリット見せましょう。満塁ですし早めに追い込みたいっす)」
三球目、ここで松井はスプリットを要求してきた。
俺は白球を浅めに握りこむ。あわよくば併殺打、その勢いで低めに投げ切ろう。
失投は絶対に許されない。
慎重に、けど大胆に腕を振り抜いていく。
白球は内角低めに吸い込まれると、次の瞬間――。
「(ほらな……これで終わりだ!!)」
周平はフルスイングでバットを振り切ってきた。
「わああああああああああああああああああああ!!」
「うわあああああああああああああああああああ!!」
凄まじい大歓声と共に、大きな打球はレフトポール際に飛んでいった。
フェンスオーバーは間違いない当たり。あとは切れるか、入るかという部分である。
頼む、切れてくれ。
俺はそう思いながら見守る事しか出来ない。
やがて打球はポールの上を通り過ぎると、レフトの線審は暫く空を見上げていた。
運命の判定は――。
「ファール!!」
「おお~……」
「ああ~……」
ファールの判定が下されると、球場全体から安堵と落胆の息が漏れた。
今のは終わったかと思ってしまった。正直、打球が高すぎて本当に切れていたかも定かではない。
「(っちぇ、少し早かったか。けど次で終わりにしてやんぜ)」
周平は余裕の表情でバットを構え直している。
これで追い込んだのは此方だが、まるで周平の方が優勢だと言わんばかりだ。
「ボール、ツー!」
四球目、外のスライダー。見送られてボール。
「ファール!!」
五球目、内角のツーシーム。カットされてファール。
「ファール!!」
六球目、内角低めのサークルチェンジ。これもカットされてファール。
「ファール!!」
七球目、外のストレート。またしてもカットされてファール。
そして迎えた八球目――、
「……ボール、スリー!」
「おおぉ~……」
外のサークルチェンジを放るも、バットを止められてボールになった。
両者一歩も譲らないままフルカウント。手に汗握る展開に、球場のボルテージも最高潮に達している。
「(フルカンか。ま、竜也からしたら勝負に出るしかねーよな)」
「(もう投げる球がない……ここはスプリットに頼りましょう。そんな何度もスタンドには運ばれないっすよ)」
九球目、松井はスプリットを要求してきた。
後が無いからスプリット。その気持ちは分かるが――。
「(……え?)」
俺は首を振ってしまった。
一度スタンドまで運ばれたというのもあるが、こういう場面でのスプリットは読まれている事が多い。
相沢の満塁弾、森川さんの逆転ツーラン。どちらも読み打ちが当たった一発だった。
「(じゃあストレートですね。150キロ出しましょう)」
松井のサインはインハイのストレート。俺は首を縦に振った。
対角かつ緩急を使った渾身のストレート、これで本来の親友にはご退場して頂く。
「(スプリットかストレートか、それとも外スラか。わかんねーけど、俺は絶対に負けねぇ。チームが離れた以上、こうするしかねーんだよ)」
俺はセットポジションに入ると、周平も力強くバットを構えた。
泣いても笑ってもラストボール。この一球で富士谷の運命が決まる。
セットポジションから左足を上げて、全身全霊の力で右腕を振り抜いていく。
糸を引くような伸びのある速球は、松井の構えた場所に吸い込まれていった。
そして次の瞬間――。
「(俺はこの一振りで……お前を止める……!)」
周平は力強いフルスイングでバットを振り切った。
富士谷000 102 001=4
関越一000 003 00=3
【富】柏原―駒崎、近藤、松井
【関】仲村、松岡―土村