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32.究極の選択

富士谷000 102 001=4

関越一000 003 00=3

【富】柏原―駒崎、近藤、松井

【関】仲村、松岡―土村

 真っ暗な夜空と白い照明に包まれた甲子園には、ブラスバンドが奏でる夏祭りの音色が響いていた。


『9回裏 関越第一高校の攻撃は、9番 サード 長嶋くん。背番号 15』


 9回裏、関越一高の攻撃は長嶋から。

 途中出場の2年生が左打席でバットを構えた。


「(渋にゃんは見えたって言ってたけど、やっぱ俺には信じらんねーんだよな。別の世界戦なんてある訳ないし、夢は夢だろ)」


 長嶋はミートの上手い左の好打者。スタンドイン出来るだけのパワーもある。

 上級生優先の関越一高でベンチ入りするだけあって、その実力は折り紙付きだ。


「(うわー……これが甲子園か。緊張するな~……)」


 捕手には公式戦初出場の松井が入った。

 また、津上がサード、渡辺がショートに回り、阿藤さんがセカンドに入っている。

 幸い、松井は壁としては使えるが――この采配は吉と出るか凶と出るか。


「(それっぽいサインから順に出していこう。ダメなら柏原さんは首振るだろうしな)」


 一球目、松井のサインは外角低めのストレート。

 俺は一つ目のサインに頷く。やがてセットポジションから腕を振り抜くと、白球は構えた所に吸い込まれていった。


「(よし、これは入っ……)」

「ボール!!」 


 長嶋は見送ってボール。松井は「入ってる」と言わんばかりの表情をしている。

 確かにストライクに見えたコースだが……これは仕方がないのかもしれない。


 松井は後逸こそ少ないが、キャッチングは近藤や駒崎よりも未熟だ。

 捕球の際にミットがブレるというか、意図的に枠内に収めているように見えてしまう。

 これでは審判への印象も悪いというもの。振り逃げの心配は少ないが、ゾーンは確実に狭くなった。


「ボール、ツー!」

「ストライーク!」


 二球目も外角低めのストレート。見送られてボール。

 三球目はバックドアのスクリュー。これは決まってストライクになった。


「(次は内角……ですよね!)」

「(そろそろ内使ってきそうだけど……対角かつ緩急なんて分かってても打てねぇし、ここは塞いでみるか)」


 そして迎えた四球目、松井は内角高めのストレートを要求してきた。

 一方、長嶋はギリギリまで体を被せている。これは100%内角を打てない構えだが……此方としても投げ辛いのは事実だ。


「(真ん中より外なら打つ。内なら当たってナンボだ)」


 俺はセットポジションに入ると、当てる勢いで腕を振り抜いた。

 白球は構えた所に吸い込まれていく。長嶋は大袈裟に仰け反るも、白球は体を僅かに掠めていった。


「(当たった!)」

「(入ってますよ!)」


 当たったアピールをする長嶋、枠内に入っているとアピールする松井。

 果たして、主審の判定は――。


「ボール!!」

「(……ま、儲けたな)」

「(えぇー!)」


 入っているように見えたが、ボールの判定が下されてしまった。

 どうも判定に恵まれないな。松井の態度も影響しているかもしれない。

 審判の決定は絶対であり、セルフジャッジや難色を示した態度はNGなのだ。


「ボール、フォア!」


 結局、次のボールも外れてフォアボール。

 同点の走者を出した所で、いったん松井を呼び出した。


「あんま態度に出すなよ。判定悪くなるぞ」

「はい! けどアレ絶対入ってますよ!」

「まぁ入ってるとは思ったけど……ダメなもんはダメなんだよ」


 とりあえず釘は刺したが――普段は組まないが故、松井という捕手を知らな過ぎたな。

 この走者は非常に大きい。同点の走者というだけでなく、これで上位打線に戻ってしまう。


『1番 センター 森久保くん。背番号 8』


 無死一塁、ブラスバンドが奏でる紅の音色が響く中、森久保さんが左打席に入った。

 彼は超が付く程の俊足打者。恐らく、簡単には送って来ないだろう。


「(内野の位置は……そりゃ警戒されるよな)」


 内野陣は少し前。

 森久保さんは走り打ちも上手いので、徹底して内野安打に備えていきたい。


「(とりまウエストしときます?)」

「(ない。長嶋はこの局面で走れる選手じゃねぇよ)」

「(じゃあフロントのスクリューですか? セカンド方向に打たせたいですし)」

「(……まぁそれでいいか)」


 松井のサインはフロントドアのスクリュー。

 森久保さんは恐ろしく足が速いので、セカンド方向に打たせる算段だ。


 一球目、俺はセットポジションから左足を上げた。

 その瞬間、森久保さんはバットを寝かせる。内野陣は隙かさずチャージを掛けると――。


「(俺は送るだけじゃダメなんだ。俺も出て平岡に送らせるには……これしかねぇ!)」


 森久保さんはバットを引いて、窮屈そうに振り切ってきた。

 意表を突いたバスター打法。ボテボテのゴロはショート方向に飛んでいる。


「(間に合え……!)」

「(間に合う……!)」


 渡辺は片手で白球を捕ると、流れるような動きで一塁に放った。

 森久保さんは頭から滑り込む。一塁には砂塵が巻き上がっていた。

 果たして、一塁審の判定は――。


「セーフ!!」

「わああああああああああああ!!」

「っしゃあ!!」


 セーフの判定が下されて、客席から大歓声が沸き上がった。

 今のは相手が上手かったが……正直な話、津上ならギリギリでアウトに出来た。

 瀬川監督の「嫌な予感」は見事に的中。守備交代が裏目に出て、無死一二塁になってしまった。


「俺が決めるYO。ヤスとシューヘイの出番はないゼ!」

「あァん!? 俺の為に取っとけよクソ共ォ!!」

「ははは。ま、勝てりゃ誰でもいいよ。それが俺達の目標だしな」


 一塁側ベンチでは、大越がネクストに向かっていた。

 その近くでは土村と周平も準備している。結局、この中軸に回してしまった。


 平岡さんで併殺を取らない限り、3人中2人とは勝負しなくてはいけない。

 クライマックスにして究極の選択が、すぐそこまで迫っていた。

富士谷000 102 001=4

関越一000 003 00=3

【富】柏原―駒崎、近藤、松井

【関】仲村、松岡―土村

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