31.その総力戦は吉と出るか凶と出るか
富士谷000 102=3
関越一000 003=3
【富】柏原―駒崎
【関】仲村、松岡―土村
6回裏、後続の長嶋はセンターフライで打ち取った。
結果論だけど渋川勝負は大失敗。長嶋と勝負すれば良かったと痛感する。
「近藤、京田」
「うっす」
「待ってました!!」
ベンチに戻ると、瀬川監督は京田と近藤の名前を呼んでいた。
7回表は駒崎と大川に打順が回る。最後に打席を与えた後、守備要員に交代するプランなのだろう。
「(ま、いつも通りか。近藤さんに託す前に勝ち越したいな)」
7回表、富士谷の攻撃は駒崎から。
暴れん坊将軍の音色が響く中、右打席でバットを構えた。
「(俺は柏原さんの球を毎日捕ってるんだ。こんなパチモンくらい……!)」
駒崎は初球から積極的に振っていくが……どこか空回りしているように見える。
そして迎えた五球目、1ボール2ストライクから速い球が放たれると――。
「(よし、ストレート……じゃない!?)」
内角のシュートに手を出してしまい、どん詰まりのピッチャーゴロになってしまった。
周平は正史の俺を真似たスタイルだ。ツーシームやスクリューは投げないが、代わりにカーブやシュートを投じる。
決して「今の俺」の完コピという訳ではない。
「(打たなきゃベンチに逆戻りだ。絶対に打つぞ……!)」
続く打者は大川。正史の富士谷では4番だった選手である。
フルスイングに定評がある脳筋という事で、仲村にはタイミングが合っていたが――。
「ットライーク! バッターアウト!」
周平の変化球には手も足も出ず空振り三振。
いや手は出たと言うべきか。どちらにせよ、久々の出番で見せ場もなく終わってしまった。
その後、野本は内野安打を放つも、渡辺はショートライナーで倒れて無得点になった。
ここで駒崎と大川は交代。7回裏から京田と近藤が守備に入る。
一方、ブルペンでは阿藤さんと夏樹がキャッチボールを始めていて、総力戦の様相を呈してきた。
7回裏は4人で終了。
平岡さんに四球を出してしまったが、大越周平の並びを連続三振で打ち取った。
ここまで来たらスプリットも連投の勢いだ。幸い、序盤に温存できたので球数は残っている。
そして迎えた8回表、富士谷は中軸からの好打順だったが、周平と固い守備を前に三者凡退で終わってしまった。
周平の制球と変化球は中々のもの。それでいて、サイドにしては球速もあり、なにより関越一高の守備は非常に固い。
なんとか8回裏は4人で抑えたが……同点のまま9回の攻防を迎える事となった。
「……試合が動かなくなったな」
「負けるとしたらサヨナラかぁ」
「絶対に勝ち越したいね」
選手達も動揺を隠せなくなってきている。
ここから先は常にサヨナラの危機と向き合う状態。なんとか1点でも勝ち越したい所だ。
『6番 ファースト 鈴木くん。背番号 3』
9回表、富士谷の攻撃は鈴木から。
吹奏楽部が奏でるSEE OFFの音色と共に、右打席でバットを構えた。
「(んー、とりま俺が出なきゃ始まらないっしょ~)」
ここから打順は下位に向かっていく。
鈴木の出塁は絶対的なマスト条件。欲を言えば中橋も出て一二塁を作りたい。
「(ホントこいつチャラいよな~。ぜってぇ将来ホストだわ)」
周平はまだまだ余裕の表情をしていた。
途中交代という部分で、体力は有り余っているんだろうが……本当に急造投手とは思えないな。
「ストライーク!」
「ボール!」
一球目、外角低めのストレート。見逃してストライク。
二球目は外のスライダー。これは見送ってボールになった。
「(っし、スプリット来る前に打つか~)」
そして迎えた三球目――周平は内角にシュートを放ってきた。
鈴木は鋭いスイングでバットを振り抜く。少し詰まった当たりは三塁線に飛んでいった。
「(よし、捕れ……って、やべっ!)」
サード長嶋の守備範囲かと思われた当たり。
しかし――打球は運良くサードベースに直撃すると、高々と跳ね上がっていった。
ショートの渋川はカバーするも投げられず。ラッキーな内野安打で先頭打者が出塁した。
「(サインは……まぁそうですよね。任せてください!)」
続く中橋は初球からバントのサイン。
セーフティバントを試みるも、読まれていて一塁はアウトになった。
無難に攻めて一死二塁。ここで迎える打者は、守備交代で入った京田だったが――。
『都立富士谷高校 選手の交代をお知らせいたします。8番 京田くんに代わりまして、ピンチヒッター 中道くん。背番号 13』
「(中橋と打順並ぶの嫌なんだよなー……名前似てるから)」
瀬川監督は代打を選択。福生での最終回、土壇場でヒットを放った中道が起用された。
こればかりは仕方がない。京田、近藤の並びでは期待できないからな。
「(ここで1年頼みかよ。なんで竜也はこんなチームを選んだんだろうな)」
一球目、周平はセットポジションから腕を振り抜いてきた。
放たれた球は――フロントドアのスライダー。中道は果敢に振り抜くと、打球は三遊間を抜けていった。
「おおおおおおお!!」
「ストップ!!」
「こいつ地味にチャンスで打つな!!」
大歓声に包まれながら、鈴木は三塁をオーバーランした所で足を止めた。
レフトは強肩の竹井さん。前進していた事もあり、とてもホームに帰れる当たりではない。
これで一死一三塁、迎える打者は最低限すら期待できない近藤である。
いくら多少は改善されたとはいえ、俺のコピー投手を打てるとは思えない。ここも代打が無難だと思うが……。
「うーむ……仕方がない、田村」
「おっす!!」
瀬川監督は険しい表情で田村さんの名前を告げた。
田村さんはバッターボックスに向かっていく。打席に入ろうとした近藤を制止して、バックネット側に背番号を見せた。
恐らく、瀬川監督は中道で決めたかったのだろう。
京田、近藤を二人とも下げるという事は、それだけ守備力が下がるという事だ。
それも三番手捕手は公式戦初出場の松井。いくら1点の為とはいえ、かなり多大なリスクを伴ってしまう。
「おお!」
「わああああああああああ!!」
「あっさり!!」
その田村さんは、二球目のファーストストライクを振り切った。
打球は定位置より後ろのレフトフライ。これが犠牲フライとなり、あっさり1点を勝ち越した。
「……すまない柏原、後は頼んだぞ」
その瞬間、瀬川監督はポツリと呟いた。
それはまるで――自分の失敗をカバーしてくれと訴えるように。
この回、瀬川監督の代打攻勢が決まって1点を勝ち越した。
それも代打の順番が逆なら点は入っていない。中道を先に出したという点も含めて、瀬川監督の采配は「決まった」と見るのが無難だ。
恐らく、解説席や某掲示板でも、この采配は称賛されている事だろう。
しかし――瀬川監督はこの采配を「失敗」と位置付けた。
打力を期待して起用した駒崎と大川は無安打で終わり、早めに投入した京田と近藤も無駄に消耗。
その結果、一打勝ち越しの場面で京田と近藤を迎えてしまい、中道と田村さんを被せざるを得なくなった。
もし、駒崎と大川をもう一巡我慢していれば、この無駄な交代は避けれられただろう。
或は――京田と近藤の打順を逆にしていれば、近藤の代打で中道を出して、京田はスクイズという選択もあった。
結局、全ては結果論なのだが、瀬川監督はそう感じているように見えた。
「うっす。絶対に抑えてきます」
不安げな瀬川監督に、俺は落ち着いて言葉を返した。
結局、早めの守備固めというのは、上位中軸に回る7~8回で勝ち越すと読んだ上での事だ。
そして、その8回に打てなかったのは俺自身。ここは投球で挽回するしかない。
「ストライーク! バッターアウト!」
その後、野本は空振り三振で一塁残塁。
俺はピッチャー用のグラブを持って、照明に照らされるピッチャーマウンドに走っていった。
勝利までアウト3つ。
9回裏、関越一高の攻撃は、9番の長嶋から始まる。
富士谷000 102 001=4
関越一000 003 00=3
【富】柏原―駒崎、近藤
【関】仲村、松岡―土村