30.脇役の意地、記憶の奇跡
富士谷000 102=3
関越一000 00=0
【富】柏原―駒崎
【関】仲村、松岡―土村
すっかり暗闇に包まれた阪神甲子園球場には、ブラスバンドが奏でる西部警察の音色が響いていた。
一死一三塁、打者は6番の竹井さん。土村を三振で抑えた後、打順が下っていく所である。
「(……打とう。さっきダメだったしな)」
竹井さんと言えば、昨秋は消去法でエースだった。
無口だが責任感の強い人なので、1年生達に投手を任せている現状には、少なからず罪悪感を抱いているだろう。
最悪、犠牲フライは構わない。
大事なのは秋葉さん迄に3アウトを奪う事。渋川や長嶋まで回るようだと、同点まで追い付かれる可能性がある。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
一球目、外角低めのストレート。見送られてボール。
二球目はフロントドアの高速スライダー。これも見送られてボール。
どちらも際どい球だったが、運悪くボールの判定が下されてしまった。
「(……きついっすね。ここはバックドアでどうでしょう)」
そして迎えた三球目、駒崎はバックドアのスクリューを要求してきた。
多少は甘くなっても良いという構え。俺はサインに頷いてセットポジションに入った。
とにかくストライクが欲しい、そんな姿勢で腕を振り抜いていく。
白球はやや真ん中に入っていくと、竹井さんはバットを振り切ってきた。
「(くそっ、手が出ちまったけど……落ちろ!)」
詰まったフライは二遊間の後ろに飛んでいく。
テキサスヒットになるか際どい当たり。渡辺、津上、野本は同時に追っていくが――。
「フェア!!」
「わあああああああああああああああああ!!」
白球は三人の間に落ちてしまった。
大越は悠々とホームイン。周平は慌てて二塁に滑り込んだ。
大越、周平、そして竹井さん。
この回だけで、3本も不幸な当たりが出てしまった。
どれも打ち取った打球だっただけに、非常に流れがよろしくない。
「(悔しいけどウチは2年生のチームだからな。俺に出来る事は――これしかねえ……!)」
続く秋葉さんはセーフティ気味の送りバント。
一塁はアウトで二死二三塁、一打同点の場面を作ってきた。
「タイム!」
ここで富士谷ベンチはタイムを要求。
阿藤さんから無難な言葉を授かると、恒例となった鈴木の下らない話で締めた。
『8番 ショート 渋川くん。背番号 6』
二死二三塁、ここで迎える打者は渋川憲心。
ブラスバンドが奏でる狙い撃ちの音色と共に、右打席でバットを構えた。
「(……周平が言ってた柏原ね。3度目の対決だけど、どうすっかな)」
渋川は次期主将。非常に面倒見が良く、典型的な委員長タイプの選手だった。
同窓会なども彼が企画してくれて、何度か参加したのも覚えている。
そして渋川はチャンスに滅法強い。
打率こそ2割台前半だが、得点圏打率は貫禄のチームトップだった。
それは今回も変わらない。正史では仲間だったから分かるけど、彼の集中力は並外れている部分があった。
前半戦なら絶対に勝負を避けている場面。
しかし――次の打者は仲村から長嶋に代わっていて、長嶋もそれなりに勝負強い打者である。
そもそも長嶋は普通に3割打てる打者。単純な率で言えば、渋川よりも打つ可能性が高いのだ。
「(所詮は2割前半の打者っすよ。追い込んでスプリットで終わらせましょう)」
駒崎の要求は外角低めのストレート。
俺はサインに頷くと、ボールを眺めにキープした。
「(……周平の言ってる事は未だに半信半疑だけど、本当にそうなんじゃないかと思う事があるんだよな。柏原は本当はウチのエースで、けど怪我して最後は投げられずに、来年は無様に成律学園に負ける。そんな夢をリアルな風景で見る事がある)」
渋川は真剣な表情で俺を睨んでいる。
今回は知り合いではない筈なのに、その視線には不思議と親近感を感じてしまった。
「(大越、池田、長嶋、上原……2年生はほぼ全員同じ夢を見たと言っていた。土村は柏原の葬儀を見たと言っていたけれど、周平はそれも事実だと語っていた。本当に意味わかんねぇけど、何故かそういう世界線があった気すらするんだよな)」
一球目、俺はセットポジションから足を上げる。
「(周平の言ってる事が正しけりゃ、柏原は俺の事を良く知っている。そして本当なら俺も柏原を知っている筈なんだ。思い出せ、俺……。本当の関越一高で、バッピの柏原を打つ光景を)」
そしてインステップ気味に踏み込むと、構えた所を目掛けて腕を振り抜いた。
白球は外角低め、ギリギリのコースに吸い込まれていく。そして次の瞬間――。
「(……ここだ!)」
渋川は迷わずバットを振ると、鋭い打球は鈴木の頭上を越えていった。
打球は流れながらライト線に落ちていく。果たして、ライト線審の判定は――。
「フェア!!」
「わあああああああああああああああああ!!」
「まじかあああああああああああああああ!!」
フェアの判定が下されると、一塁側スタンドから今日一番の歓声が湧き上がった。
打球は長打コースに入っている。こうなってくると、鈍足の竹井さんvs強肩の堂上でも勝ち目はなかった。
「っしゃー!」
「ナイス渋にゃん!!」
二人の走者がホームに帰ってくる。
渋川のタイムリーで一挙同点。不運な当たりで貯めた走者を、痛烈な一打で一掃されてしまった。
「……一瞬だけど見えたぜ、本当の関越一高ってやつがな」
渋川は夜空に向かってガッツポーズを掲げている。
これで試合は同点、それどころか、先攻の富士谷は事実上の劣勢となってしまった。
富士谷000 102=3
関越一000 003=3
【富】柏原―駒崎
【関】仲村、松岡―土村