3.定まった進路
女神さまとの遭遇から三日後、俺は呆然と教室の窓を眺めていた。
どうも友人達とノリが合わない。当時は仲が良かった筈なのに、改めて接すると全てが幼稚に思えてしまう。
転生も良い事ばかりではないな。そんな事を考えていると、優しく肩を叩かれた。
「聞いたよー、柏原くんも富士谷なんだってねっ」
そう声をかけてきたのは、俺の好きな人――金城琴穂だった。
あどけない童顔も、ちょっと背伸びした暗めの茶髪も、昔から変わらないボブカットも、その全てが俺の心に突き刺さる。
前言撤回、やっぱ転生は素晴らしい。初恋をやり直せるなんて反則もいい所だろう。
「ああ。金城も同じなんだっけ」
「うんっ! これで幼馴染だねっ!」
彼女は無邪気な笑顔を見せる。
その笑顔が眩しすぎて……見つめるのが照れ臭くて、少しだけ目線を逸らした。
「けど、なんで富士谷に……?」
ふと、金城はそう口にした。
キョトンした表情で首を傾げている。その姿もまた可愛らしい。
「ああ、ほら。孝太さんがいるから」
「なるほどっ! お兄ちゃん、きっと喜ぶよー」
俺は咄嗟に誤魔化した。
君の事が好きだから、なんて言える訳がない。
金城琴穂の兄・孝太さんは、府中本町シニアの先輩で、二代前のエースだった。
西東京の強豪・東山大学菅尾高校に進学するも、肘の大怪我が原因で退部。
やがて富士谷高校に転校すると、野手として再起を果たした。
彼の存在は、進学理由を補強するのに一役買ってくれた。
都内という事もあって両親の説得は容易だったし、担任の与田先生も、その広い心と肩幅で許容してくれた。
シニアの監督も「それで金城が報われるなら」と了解してくれた。
その中で、俺の進路に待ったをかけたのは――意外な人物だった。
「テメェ、舐めてんのかよ!!!!」
府中市にある野球場。その片隅で、俺の胸ぐらを掴んでいたのは、シニアで女房役だった男――土村康人だった。
体格は俺と似た感じで、現時点で176cm70kgくらい。悪人面でやたらと声がデカく、非常に口が悪いのが特徴だ。
「悩みに悩んでいた選んだのが都立だァ? それも富士なんとかとか言う全く聞いたこねークソカスってよぉ……心底見損なったぜ柏原ァ!!!」
「ヤス、落ち着けって!」
「うっせぇ離せよゴリラァ!!」
そう言って土村を抑え込むのは、控え捕手の近藤。
ゴリラっぽい顔付きから「ゴリ」と呼ばれている。
「無名だけど、これから強くなるんじゃねーかな。孝太さんもいるし。俺は都立で甲子園を目指すよ」
「はんっ! なら比野とか常東とか、もっとマシな都立があるだろーがよォ!!」
言葉もない。
この高校選びの裏にあるのが初恋だなんて――ましてや、女神様のお告げに従っただなんて、言える訳がない。
「ケッ……つまり、テメェは俺から逃げた訳だ」
「あ?」
「対決からも競争からも逃げた。そーいう事だよなァ!?」
また始まった。
土村は女房役でありながら、打撃面ではやたらと張り合う事を求めてくる。
同じ高校、或いは都内の強豪校に進んで、再び競い合えと言いたいのだろう。
「愉快、実に愉快だなァ! 5番だった俺は関越一高で甲子園のスターになり、片や4番だったお前はクソみてぇな都立で人知れず散る訳だ! ざまぁねェ!!」
土村はそう言って高笑いをあげた
ちなみに関越一高、つまり土村は3年夏に甲子園を逃す。成葎学園という新興勢力に負けて、俺達の夏は終わった。
と言っても、肘を壊した俺はファーストだったけど。
「あばよ柏原ァ! 指を咥えて俺の活躍を見届けやがれ! 最新型の液晶テレビでなァ!!」
土村はそう言い残して、嵐のように去って行った。
「柏原……災難だったな」
「ああ。まあ、アイツが面倒臭いのはいつもの事だから」
近藤が俺に同情していた。
懐かしい。俺と土村が口論になり、近藤がフォローする。シニア時代に頻発した光景だ。
「ところで、お前が行く高校って富士……なんだっけ?」
「富士谷。もし大会で当たったら、その時はよろしくな」
「勘弁してくれ……俺が柏原を打てるわけないだろ……」
「そんなんじゃ試合で使ってもらえないぞ。ま、頑張れよ」
俺はそう言って、近藤にも別れを告げた。
ちなみに彼は、専秀大附という西東京の中堅校に進み、そこでも控えで終わる。
別れの言葉は、せめてもの激励だった。
「……そこに行けば、お前と組めるんだな」
後ろから、そんな言葉が聞こえた気がした。