29.俺を一番知る男
富士谷000 102=3
関越一000 00=0
【富】柏原―駒崎
【関】仲村、松岡―土村
6回裏、関越一高の攻撃は、俊足強打の大越からだった。
ナイジェリア人とのハーフが右打席に入る。応援席からはアフリカンシンフォニーの音色が聞こえてきた。
「(ここまで打ち損じが続いているからナ。振り切って内野の間を抜くゼ)」
ここまで大越には、枠内で動く球を中心に、打たせて捕る投球を行っている。
ヒヤリとするような強い打球もあったが、今回も似たような組み立てで問題ないだろう。
一球目、最近は出番が減っているツーシームから。
白球は外角低めに吸い込まれていく。ややバックドア気味の球に対して、大越は初球から振り抜いてきた。
「(よし、捕れる……!)」
打球は二遊間、ややセカンド寄りへのゴロになった。
渡辺は逆シングルで白球を捕える。しかし――。
「(え、もうそんな所に……あっ……)」
握り替えに失敗してボールを溢すと、俊足の大越は悠々と一塁を駆け抜けた。
バックスクリーンにはEのランプが灯っている。セカンドのエラーで無死一塁、久々に都立らしさが出てしまった。
「ごめん竜也」
「まぁ今のは投げても際どかったな。あんま気にするなよ」
「(俺なら間に合いましたけどね)」
今のは投げても際どかったが……持ち替えで溢すのは非常に勿体ない。
そして次の打者が周平である以上、絶対にアウトが欲しい場面だった。
『4番 ピッチャー 松岡くん。背番号 3』
応援曲が暴れん坊将軍に切り替わると、松岡周平が右打席に入った。
今回はホームランでもリードを守れる点差。ここは勝負で間違いない。
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
速い球は周平の体に向かっていく。そして手元で曲がると、内角ギリギリに収まっていった。
「ットライーク!!」
「(相変わらずコントロールいいな。さ、次は何で来るか)」
フロントドアの高速スライダーが決まってストライク。
どうせ四球前提の打者だ。当てる&歩かせるつもりで厳しく攻めていこう。
二球目、クイックからのストレート。見逃されてボール。
三球目は外の高速スライダー。これも見逃されてボールになった。
「(……なるほどね。竜也の事だし、次は当てるつもりのストレートって所だろうな)」
四球目、駒崎は内角の懐にミットを構える。
俺はセットポジションに入ると、クイック気味に腕を振り抜いた。
「(よし、予想通り内角――って、おせぇ!)」
ブレーキが掛かった遅い球は、手元で僅かに沈んでいく。
懐に入るサークルチェンジ。そんな球に対して、周平は崩されながらもバットを振り切った。
「わあああああああああああああ!!」
「これは落ちるぞ!!」
ふらっと上がった打球はレフトの前に飛んでいく。
定位置なら平凡なフライ。しかし――長打を警戒していたレフトの中橋は、打球に追い付く事が出来なかった。
「(流石にそれは……無理!!)」
「フェァア!!」
打球はレフトの前にポトリと落ちる。
中橋は素早く拾い上げるが、走者の大越は三塁も落としていた。
「(ま、結果オーライだな。後は頼んだぜヤス)」
これがあるから長距離砲は嫌になる。
金属バットが使える高校野球では、パワーだけの打者でもテキサスヒットやコースヒットで高打率になり易い。
尤、周平は好打力もそれなりにあるのだが。
『5番 キャッ……「スリーランで同点だなァ柏原ァ!! 敬遠なんて野暮な真似はすんなよォ!?」……号 2』
ここで迎える打者は江戸川の狂犬こと土村康人。
相変わらず馬鹿デカい声で叫びながら左打席に入った。
勿論、敬遠なんてしない。
周平や木田哲人でもないのに、簡単に勝負を避ける訳ないだろう。
「(んー……どうやって追い込みましょうか。最後はスプリットでいいでしょうけど)」
一球目、駒崎のサインは逃げるスクリュー。
俺は外角低めを目掛けて腕を振り抜く。白球は構えた所に吸い込まれると、土村は果敢にバットを出してきた。
「ファール!」
打球は三塁側スタンドへ飛び込んでいった。
土村は際どいボール球を振ってくれるから助かる。ただし悪球打ちも上手いので、それだけは注意して攻めていこう。
「(インスラの方が固そうですけど、当てても嫌なんでストレートでいきましょう)」
二球目、駒崎の要求は内角ギリギリを攻めるストレート。
左打者から見た時、最も横の角度を感じる球である。
「(俺が柏原をリードするなら次は内角、どうせコイツも同じこと考えてるんだろォ!?)」
俺はセットポジションから腕を振り抜いた。白球は構えた所に吸い込まれていく。
そして次の瞬間――土村は迷わずバットを振り抜いてきた。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「入るかあああ!?」
しまった――と思った時には、大きな打球がライト方向に飛んでいた。
堂上は早々に追うのを諦める。そして白球はポール際に落ちると――。
「ファール!!」
「ああ~……」
「あぶねー……」
ファールの判定が下されて、球場全体から安堵と落胆の息が漏れた。
今のは危なかった。正直、ホームランかと思ったくらいだ。
「(なにはともあれ追い込みましたよ。これで勝ちですね)」
三球目、駒崎はスプリットを要求。しかし――。
「(……えっ?)」
俺は首を横に振って、次のサインを要求した。
恐らく、次のスプリットは読まれている。例え見送られたとしても、無駄使いになるだけだろう。
土村とは中学3年間、ほぼ常にバッテリーを組んできた。
Aチームに上がったのも同じタイミング。だからこそ、土村は誰よりも俺の球を捕っている。
富士谷では近藤とのバッテリーが1年間、近藤駒崎の併用が約半年と考えたら、その差は明らかと言っていいだろう。
スプリットは読まれている。そして、スプリットの軌道も熟知している。
ここは別の球で、土村の知らない俺を見せていくしかない。
「来いよ柏原ァ! どうせアレだろォ!?」
三球目、土村が叫び散らす中、俺は投球モーションに入った。
駒崎の要求は外角低め。俺はそこを目掛けて腕を振り抜いていく。
サークルチェンジ、スクリュー、ツーシーム、そしてナックルカーブ。
土村の知らない球種は色々とあるが、あえて俺はこれらの球を選らばなかった。
彼に半端な球は通じない。そして、徹底したボールからストライク、ストライクからボールがあったからこそ、活きる球種というものがある。
白球は構えたミットに真っ直ぐ吸い込まれていった。
土村はバットを振り抜く――が、僅かに振り遅れている。
その瞬間、ミットの心地よい音と共に、主審が右腕を大きく上げた。
「ストライーク! バッターアウト!」
本日最速148キロ、外角低め一杯のストレートで空振り三振。
意表を突いた三球勝負で、かつての女房役、そして本来の女房役を三振で打ち取った。
富士谷000 102=3
関越一000 00=0
【富】柏原―駒崎
【関】仲村、松岡―土村