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25.打のカバー

富士谷000=0

関越一000=0

【富】柏原―駒崎

【関】仲村―土村

 3回の攻防はお互いに無得点で終わった。

 関越一高は三者凡退。富士谷は駒崎が死球で出塁したが、得点には結びつかなかった。


 そして迎えた4回表、富士谷の攻撃は渡辺から。

 二巡目だしそろそろ突破口を開きたい。そう思ったのだが――。


「ああ~……」

「打てないなー」

「ワンアウトォ!!」


 四球目を打ち上げてセカンドフライ。

 スコアボードのHには、依然として0が刻まれていた。


「一球だけカーブきたね。二巡目から解禁なのかも」

「ああ。ただ狙うには頻度が少なすぎるな。枠内にも来ないし」


 ネクストの付近で渡辺と言葉を交わす。

 この回、関越一高バッテリーは初めてカーブを使った。

 二巡目から徐々に変化球を解禁していく戦術なのだろうか。


 仲村の変化球は大した程ではないが、ストレートを活かす緩急としては確実に活きる。

 カーブ、チェンジアップという球種チョイスも、ストレートを速く見せる為だろう。


『3番 ショート 津上くん。背番号 15』

「(カーブは大した事ないし、多少のボール球は打ってみよっと)」


 続く打者はU-15日本代表経験者の津上勇人。

 紅の音色が響く中、右打席でバットを構える。


「ボール!」

「ストライーク!」


 一球目は高めのストレート。見送ってボール。

 二球目、真ん中のストレート。これは見逃してストライク。

 なんとか俺の前に出塁して欲しい。そんな事を思いながら打席を見守る。


「(そろそろ一球使っとくかァ?)」

「(いいよ。遅い変化球の直後に僕の加速するストレートを打てる人はいないからね)」


 三球目、仲村は長身から腕を振り下ろした。

 枠外に外れるであろう緩めのカーブ。そんな球に対して、津上は腕を伸ばしながら振り切ってきた。


「おお!」

「初ヒットきたー!」


 打球はセカンドの頭を越えていく。

 やがて右中間でバウンドすると、津上はオーバーランした所で足を止めた。

 ライト前ヒットで一死一塁。ようやく富士谷にも初ヒットが生まれた。


『4番 ピッチャー 柏原くん。背番号 1』

 

 一死一塁、さくらんぼの音色が響く中、俺はゆっくり右打席に入った。

 後輩が作った待望のチャンス。この走者は確実に返したい。


「よォ柏原ァ! テメ―の事だからセーフティで奇襲すんだろォなァ! 分かってんぜェ!」


 土村は相変わらず叫び散らしていた。

 言われなくてもバントなんてしない。出来ればライト方向に打って一三塁、そして堂上の犠牲フライで先制したい。


「(土村くん、この打席はどうする?)」

「(クソカスに出し惜しみはいらねェ! 全部使って攻めんぞォ!)」 


 一球目、仲村は一つ目のサインに頷くと、セットポジションから腕を振り下ろす。

 外角真ん中のストレート。俺は合わせるようにバットを振り抜いた。


「ファール!」

 

 打球は一塁側アルプススタンドに飛んでファール。

 ファールとはいえ捉えてきた。ストレートだと分かっていれば打てない事はない。


 さて……そろそろ変化球を混ぜて来る頃だな。

 どうせ土村の事だ。俺への対抗心を燃やすあまり、渡辺や津上には使わなかったチェンジアップも解禁してくる事だろう。

 という事で、次は遅めの変化球にタイミングを合わせる。ストレートが来たら割り切ろう。


「(柏原くんは流石だね。それでこそアイザック・ニュートンの代理人だ)」


 二球目、仲村はクイックモーションから腕を振り下ろした。

 勢いだけならストレートに見える腕の振り。しかし――そこから放たれた遅い球は、僅かながらも緩やかに沈んでいった。


 狙っていたチェンジアップ。

 俺はギリギリまで引き付けると、センター方向を意識してバットを振り切る。

 その瞬間、大歓声が沸き上がると共に、打球はセカンドの頭を越えていった。


「わああああああああああああ!!」

「津上ゴー! 回れ!!」


 三塁コーチャーの京田が叫ぶと、津上は迷わず二塁を蹴った。

 一方、ライトの大越もレーザービームを披露する。津上は際どいタイミングで足から滑り込んだ。

 三塁審の判定は――。


「セーフ!!」

 

 そう判定されたのも束の間、サードの秋葉さんはファーストに投げてきた。

 オーバーランしていた俺は落ち着いて帰塁する。此方はタッチするまでもなくセーフだった。 

 

 一死一三塁、ここで犠牲フライに定評がある堂上である。

 これは先制点が入るかもしれない。そんな事を思っていると、ファーストの周平と目が合った。


「次は勝負しようぜ」

「……ああ」


 周平の問い掛けに、俺は曖昧な返事を溢した。

 忘れていた。一塁走者になるという事は、周平と至近距離で接近するという事を。


 恐らく彼は最後の転生者だ。

 だとしたら――周平は俺の事を良く知っている筈だし、此処に居るのは俺が良く知る松岡周平という事になる。

 正直に言えば話し掛けてみたい。ただ、もし見当違いだったら大恥をかくので、100%確定するまではやめておこう。


「(ふむ……外野フライで1点か。いつも通りで良いな)」

「(僕はこの人と相性がいい。それはまるで、アルバート・アインシュタインとジークムント・フロイトの仲が良かったようにね)」


 気付けば仲村はセットポジションに入っていた。

 一球目、やや高めのストレート。堂上はフルスイングで白球を掬い上げる。

 その瞬間、落胆混じりの歓声が響いた。


「ああ~、浅い……」

「これは無理だな……」


 高々と上がった打球はショート後方に飛んでいく。

 渋川は悠々と追い付くと、素早く仲村までボールを返した。


 一死一三塁、打者堂上という期待値の高い場面。

 それが簡単に打ち取られて、ヒットを要する場面に変わってしまった。

 その落胆と絶望は計り知れない。しかし――ここでカバーできるのが、去年の富士谷打線との違いである。


『6番 ファースト 鈴木くん。背番号3』

「(どのーえダメだったか~。これはもう俺が打つしかないっしょ~)」

 

 二死一三塁、SEE OFFの音色が流れる中、鈴木は右打席でバットを構えた。

 打率だけなら堂上よりも高い打者。シングルでいい、なんとか一本打って欲しい。


「ボール!」

「ボール、ツー!」


 一球目、二球目は高めのストレート。何れも見送ってボール。

 鈴木は球を良く見れている。この辺は堂上よりも勝っている点だ。 


「(土村くんのサインは……ま、そうなるよね)」

「(立て続けに打たれてるし、暫く変化は投げてこないだろうな~)」

 

 そして迎えた三球目、仲村はまたしてもストレートを振り下ろした。

 糸を引くような白球は、低めのミットに吸い込まれていく。

 その瞬間――。


「(思ったよりも早めに……上から叩く!)」


 鈴木はバットを振り切ると、鋭い打球は三遊間に飛んで行った。


「おおおおおおおおお!!」

「わああああああああ!!」


 客席からは大歓声が巻き起こっている。 

 普通なら抜けても可笑しくない当たり。しかし――ショートの渋川は、それを逆シングルで鮮やかに捉えた。


「平岡さん!」


 一塁に投げるには深いと思ったのか、渋川は迷わず二塁に投げてきた。

 俺は足から滑り込む。それとほぼ同時くらいに、白球は平岡さんのグラブに収まった。

 二塁審の判定は――。


「セーフ!!」

「きたあああああああああああああ!!」

「ないばっちチャラ男!!」


 セーフの判定が下されて、バックスクリーンにも「H」のランプが灯っていた。

 FCではなく立派なタイムリー内野安打。鈴木は一塁ベース上で、三塁側スタンドに向けて手を振っていた。


 なんにせよ、この1点は非常に大きい。

 投手層には此方に分がある。後半になれば投手力の差は顕著に出るだろう。


「アウト!」


 後続の中橋は打ち取られたが、4回表に待望の先制点が入った。


富士谷000 1=1

関越一000=0

【富】柏原―駒崎

【関】仲村―土村

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