29.未来人の助言
富士谷000 003=3
東山菅300 030=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣、大崎―仙波
6回表、二死無塁。
東山大菅尾はライトとピッチャーを入れ換えて、大崎さんが再びマウンドに上がった。
続く近藤は呆気なく三振に倒れてチェンジ。6回裏は7番の大崎さんからだったが、三者凡退に仕留めた。
パンチ力のある8番に守備固めが入ったお陰で、下位打線はかなり楽になった。
上位打線と山本さんさえ乗り越えれば、残りの回は無失点でやり過ごせるだろう。
7回表、先頭打者は8番セカンドの阿藤さん。
標準体型に近い右打者。弱小校にしては上手いが、強豪で通用する程の力はない程度の平凡な選手。
強いて特徴を上げるなら、顔は整ってるくらいだ。
「(ふぅ……凄い1年生ばっかりで嫌になっちゃうなぁ)」
阿藤さんは自信なさげな表情で右打者に入った。
もう既に期待できない。しっかりしてくれ上級生……!
「(来年も凄い後輩が来たら、俺はベンチになるのかなぁ……)」
初球、ストレートを見送ってストライク。
「(そうならない為に頑張るって言っても……柏原レベルのセカンドが来たら終わりだし……)」
二球目、シンカーを見送ってストライク。
「(そうなっても悔いがないように――)」
三球目、ストレートは外れてボール。
「(この試合で活躍しないと……!)」
そして迎えた四球目――阿藤さんはカーブを引っ掻けた。
「おお、当たった!!」
「いい所に飛んだぞ!」
レフト方向に上がった弱い打球に対して、サード、ショート、レフトの三人が追い掛ける。
やがて三人が同時に足を止めると、白球は間にポトリと落ちた。
「っしゃあ! ナイバッチ阿藤パイセン!」
「いいよー流れきてるよー!!」
選手達から声が上がると、阿藤さんは小さくガッツポーズした。
打ち取られた当たりだったが、これで無死の走者が出た。
続く京田は非力だがバントは上手い。
チャンスで上位に回せそうだ。
そう思った時――。
「ねぇ、柏原くんだったらどの球を狙う?」
と、声を掛けてきたのは野本だった。
なんでそんなこと俺に聞くんだよ、俺に委ねられても責任取れねぇぞ。
「んー、そういうのは野本のほうが得意なんじゃないか?」
「いやー……僕は狙い球とかあんまり考えないからさ……」
意外だな。
データとか好きそうな顔してるのに。眼鏡は飾りかよ。
「それに……柏原くんが立てる作戦っていつもドンピシャだし、なにより一番上手いからね」
ああ、なるほど。
端から見た俺は、的確に助言を出す策士に見えるわけか。
実際は未来の記憶を使ったインチキだけど。
狙い球……か。
ここまで対決した感じだと、大崎さんは基本的にストライク先行で、変化球でストライクを取る時は、ほぼ確実にフロントドアかバックドアを使う。
それなら――。
「入ってくる変化球だな。左打者だと……内ならシンカー、外ならスライダーかカーブ。それも早いカウントで狙いたい」
「わかった、ありがと」
野本はそう言って、ネクストバッターサークルに走っていった。
その後、京田は送りバントをキッチリ決めた。これで一死二塁。
『1番 センター 野本くん。背番号 8』
ブラスバンドが奏でるスマイリーと共に、野本は左打席に入った。
ちなみに、ここまではセカンドフライと三振が2つ。控え目に言って1ミリも合っていない。
一球目、低めのストレートはストライク。
ベンチからだとコースまではわからない。
狙うなら次だ。恐らく対角に緩急を使ってくるので、その変化球に絞っていい。
二球目、大崎さんはセットポジションから足を上げた。
野本は小さくテイクバックを取ると、大崎さんが放った遅い変化球――カーブにバットを出した。
「(上手い……!)」
捉えた打球は、左中間の手前まで飛んでいった。阿藤さんは三塁も蹴って本塁に向かう。
捕ったセンターはバックホームの姿勢だけ。ボールを握り直すと、カットまで返した。
「うおおおおおおおお!!」
「よっしゃー! 逆転あるぞー!!」
大きな歓声に包まれながら、阿藤さんは悠々とホームに生還。
野本は一塁ベース上でガッツポーズを見せた。
中軸を絡めずに大崎さんから1点を奪った。
耐球が効いてきたのかもしれない。再登板になったし、あまりいい気分ではないだろう。
尚も一死一塁。
渡辺はセカンドライナーに倒れるも、孝太さんは痛烈な当たりで一二塁間を貫いた。
孝太さんは流石に上手い。もし菅尾に残っていれば、確実に外野手として主力になれただろう。
二死一三塁、同点のランナーを一塁に置いて、俺の四打席目が回ってきた。
1点なんてケチ臭い事は言わない。この打席で追い付いて、残りの2回でケリを付けてやる。
一球目、内角いっぱいのツーシーム。
見送ってストライク。制球は相変わらずだが、球威が落ちたようにも見える。
何にせよチャンスだ。内の速い球で来たから、その次は――。
「(どうせ外から入るシンカーだろ!)」
二球目、狙い通りのシンカーを捉えた。
流し方向に強烈なライナーが飛ぶ。これは長打コースになる――と思った打球は、セカンド・奥原さん渾身のジャンピングキャッチに阻まれた。
「奥原ナイス!」
「すげえ飛んだな、前世は蛙だったんじゃねえの?」
「そんなにっすか。嬬恋キャベツ何個分くらい飛んでました?」
「知らん!!」
菅尾ナインは、そんな言葉を交わしながらベンチに戻っていった。
くそ、奥原さんには攻守でやられっぱなしだな。
まあいい、点差は2点に縮まった。
この1点を無駄にしない為にも、俺は残りの回をゼロに抑える。
富士谷000 003 1=4
東山菅300 030 =6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣、大崎―仙波