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17.弱み

 大会7日目の夜、女子部屋のテレビには有名なホラー映画が映し出されていた。

 見ようと言い出したのは恵。どうやら地上波初放送らしく、どうしても見てみたかったらしい。

 実際、私も少し気になっていたので、恵と一緒に見るに至った。


「きゃー! むりむりむりむり! ほんとやばいって!!」

「うるせぇ。そんなに怖くねぇだろ」

「怖いよ! これ絶対テレビから出て来るやつじゃん!」


 恵は大袈裟に騒いでは、その度に抱き着いてくる。

 本気で怯えているのか、少しばかり震えている気がした。


 たぶん男性としては、こういう女子のほうが愛おしいのだろう。

 その点、私は全くダメだな。突然の演出にビックリする事はあれど、声に出るほどの恐怖心は感じない。


「あー怖かった! 震えすぎて3キロは瘦せたわ〜」


 やがてエンディングを迎えると、恵は安堵の息を漏らした。

 個人的にはイマイチだったな。以前、1年マネの亜莉子が「怖すぎて泣いた」と言っていたが、正直なところ期待外れだった。


「んな大袈裟な……。ってか、恵って怖いのダメだったっけ」

「基本平気だよ~。本物とかガチっぽいのは無理な感じ」

「今回はガチっぽかったと」

「ちょっとだけね。けど冷静に振り返ったらさ、所詮は映画の再放送なんだよね……」

「ドライだな! さっきまでのビビり方は何だったんだよ!」

「あはは、ま~ガチでビビってたら叫ぶ余裕もないと思うよ。あんな感じで」


 恵はそう言って一番奥のベッドを指差した。

 そこでは、盛り上がった掛布団が小刻みに震えている。

 中にいるのは言うまでもなく琴穂。テレビを見ないようにシェルター……もとい布団の中に避難していた。


「おーい琴穂ー、終わったぞー」

「ねね、めっちゃ大きな声だしてビビらせてみない?」

「やめとけ。ぜってぇロクな事にならねえわ」

「大丈夫大丈夫、おしっこ漏らしながら気絶する程度だよ」

「それは十分大惨事だからな??」


 そんな会話をしていると、布団の中から琴穂が顔だけ出してきた。

 半泣きで怯えた表情をしている。全く見ていなかったというのに。


「ちょ、見てないのにビビりすぎでしょ〜! 超うける〜!」

「といれ行くとき視界に入っちゃって……ぐすっ……」

「ああ、そういや行ってたな。そんな一瞬でもダメなのかよ」


 琴穂の怖がりっぷりは、常人のそれを遥かに逸脱している。

 ちなみに、他の部屋に逃げなかった理由については「一人で廊下に出るのも怖くなった」との事だった。


「琴ちゃんってホント怖がりだよね~」

「みんなが強すぎるんだよぅ……」

「んな訳あるか。そーいや思ったんだけどさ、いつもホラーにビビってるけど、高い所とか絶叫マシンは平気なん?」


 ふと、私は素朴な疑問をぶつけてみた。

 琴穂は高校生でありながら、夜中のトイレに一人で行けない程の怖がりである。

 心霊関係以外の事柄に関しても、並外れた臆病は発揮されるのだろうか。


「そういうのは大丈夫かなぁ。背中押されたらビックリしちゃうかもしれないけど」

「え〜意外! じゃあ他に苦手なものある? 怖いもの以外でもいいからさ〜」

「ええっと、プレッシャーには凄く弱いかも……。小さい頃、劇で木の役をやったんだけど、緊張のあまり私だけ樹液が……」

「木の役でそんなに緊張すんなや!」

「樹液て! 体操着の妖精さんは伊達じゃないね〜」

「それやめてっ」


 何だ体操着の妖精って。

 それはさて置き、これは分からなくもないな。

 私も人前に立つのは苦手だし、思わずお腹が痛くなる事もある。


「他は他は~?」

「あと怖い人と……って、私はもういいじゃんっ! 今度はなっちゃんの番にしよっ!」

「私かよ! 虫と虫と虫! 以上!」

「虫嫌いすぎでしょ……まぁ私も嫌いだけどさ~」


 ちなみに私は虫が本当に無理だ。

 大きい虫が迫ってきたらガチ泣きするし、下手したら失神するまである。

 家族や親戚からも「虫の前では夏美が女の子らしくなる」とよく言われていた。


「ほら、恵の番だぞ」

「私も虫」

「ダメ。一度出た奴はナシだから」

「え〜! じゃあ勉強と運動!」

「それは違うだろ! 泣くほど嫌なやつ挙げろよ」

「んー、何かあるかなぁ」


 最後に恵のターンである。

 強引に虫以外の答えを要求してみたが、他に拒絶反応が出るほど苦手な事はあるのだろうか。


「あ、一つあった。ほら、私って凄く病弱だし、病気は凄く怖いよ。風邪ひいた時とか超絶静かになるしね〜」


 恵がそう言った瞬間、辺りは静寂に包まれた。

 それも少し違う気がするし、何よりダウト臭い。

 琴穂も同じ事を思ったのか、目を細めて睨んでいた。


「え……けっこう真面目に答えたんだけど……」

「お前ほど元気な奴が何言ってんだよ」

「そーだそーだっ! これはタダ乗り案件だよっ」

「ほーんーとーでーすー! 私は王道を行く病弱系ヒロインだから!」


 何言ってんだコイツ、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。

 恵が静かになる所なんて想像できない。偏見だけど、風邪を引いても「移してやる〜」なんて言いながら抱き着いて来そうな気がする。

 まあ、これは私の勝手な想像だけれども。


「……ちなみに、なっちゃんは古き良き暴力系ヒロインで、琴ちゃんは時代を先取りした放尿系ヒロインだからね」

「そ、そんな系統ないよっ」

「だぁれが暴力系だ!!」


 恵が余計な事を言い出したので、私は思わず枕を投げてしまった。

 私は断じて暴力的な人間ではない。堂上を筆頭に困らせてくる皆が悪いのだ。


「ほらぁ! そうやってすぐ暴力に走るぅ〜!」

「あ、私もやる〜。えいっ」

「ぶべっ!? ……琴ちゃん〜? やったな〜??」


 と、そんな事を思っている間に、琴穂の枕が恵の顔面に直撃した。

 恵は不敵な笑みを浮かべて反撃……すると思いきや、枕を持たずに琴穂に襲い掛かっている。

 せめて枕を投げ合えや、なんて思いながら、見慣れたお仕置きの光景を眺めるのだった。


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