11.勝者の余裕
創成学園との初戦を終えると、俺達は速やかにホテルへ戻った。
今日は練習の予定が入っていない。つまるところ、残りの時間は自由に過ごせるのである。
俺はシャワーや食事を済ませると、自室で他の試合を観る事にした。
「あー、ボコボコっすね。かわいそ~」
テレビを点けるや否や、隣にいた津上が言葉を溢した。
画面の向こう側では、こもの総合(三重)と三関学院(岩手)の試合が行われている。
既に8回裏で10対1。こもの総合が大幅にリードしていた。
「ま、49校も出てるしな。初戦は大味な試合が多いと思うよ」
「せっかく見るなら面白い試合がいいっすけどねぇ。次は何所と何処でしたっけ?」
「亘星学院と専秀大玉無だったかな」
「あー、つまんなそう。専秀の付属って千葉にあるとこ以外全然っすよね」
「確かに。東京にもあるけど大体ベスト16止まりだな」
そんな言葉を交わしてから、津上は徐に立ち上がった。
アイフォンだけを握りしめて、扉のドアノブに手を掛ける。
「どうした?」
「退屈なんでバット振ってきます」
「お、偉いな」
「まだ公式戦でホームラン打ってませんからね。打率は残せてますけど、そろそろ打ちたいっすよ」
津上はそう言い残して去っていった。
余談だが、今回は津上と二人部屋。問題を起こされても困るので、俺の監視下に置くに至った。
「じゃ、一人でゆっくり見るかな……」
俺はそう呟いてベッドに腰を掛けた。
実践で使った筋肉は効率よく回復させる、それが俺なりの考え方だ。
だから試合後は練習しない。束の間の休養を楽しもう。
コンコンッ
と、一人で優雅に試合を観ていると、誰かが扉をノックした。
津上だろうか。にしては、戻ってくるのが早い気がするが――。
「えへへっ、きちゃった……!」
扉を開けると、そこでは琴穂が顔をヒョコッっと覗かせていた。
控えめに言ってもクソ可愛い。あざとかわいいは正義だと痛感する。
「おっす。どうしたの?」
「暇つぶしっ! なっちゃんもいるよっ」
「ちょっと邪魔するぜ。よっこいせっと」
琴穂と夏美は俺の横に腰を掛けた。
夏美は直ぐに携帯を弄り始める。そして再び携帯を折り畳むと、今度は俺の携帯が鳴り始めた。
▼卯月夏美
件名:無題
本文:二人きりに出来なくてごめん
そんな事わざわざ謝罪しなくていい、という言葉は何とか飲み込んだ。
恐らく、琴穂が夏美を誘ったんだろうけど、琴穂と居れるだけで幸福なので、別に夏美が居ても構わない。
勿論、二人きりが一番なのは事実だけども。
「かっしーは何してたの?」
「試合見てた。今ちょうど3試合目が始まった所かな」
「へー。じゃあ私も一緒に見るっ」
「選抜ベスト4の亘星か。相手の専秀大玉無は……どこ県だここ……」
「熊本だよ。まぁ初出場だし俺もよく知らん」
「わー、くまもんのところだっ!」
そんな感じで俺達は試合を観る事にした。
選抜ベスト4の亘星学院(青森)と初出場の専秀大玉無(熊本)の一戦。
俺には分かるけど、この試合はたぶんワンサイドになってしまう。
「亘星つっよ」
「すっごい打つね……」
1回表、亘星学院は満塁弾で早々に4点を先制した。
うん……いきなり決まったな。人より高校野球に触れてきたから分かるけど、この後も点差は更に開いていく。
「うわあ、これはひでえ」
「くまもん弱い……」
「ちょっとレベルが違うな。玉無が弱いってよりは亘星が強すぎる」
亘星学園は怒涛の猛攻で、あっという間に2桁得点を積み重ねた。
最初は熊本に肩入れしていた琴穂も、すっかり意気消沈して退屈そうにしている。
くそ、俺の天使に退屈させるなよ。熊本産と青森産は不買運動も辞さないな。
「そういや恵は何してんの?」
「爆睡中。起こしても悪いし部屋から出ようってなったんだよ」
「知らないおじさん達がいっぱい絡んできて大変そうだったもんねっ」
「スタンドで何が起きてんだよ。話だけ聞くと犯罪の香りすらするからな??」
そういえば、マネージャー達はネットでも話題になっていたな。
その中でも注目度が高く、コミュ力もある恵が一身で対応していたのだろう。
SNSの宣伝効果もあったのだなと痛感する。
生徒に絡むのはどうかと思うが、応援が増える分には大歓迎だ。
甲子園では、この応援が流れを変える事もあるからな。
「あ、また点入った」
「あぁー、私のくまもんがぁー……」
と、そんな会話をしている内に、点差は15点に広がっていた。
せっかくの休養なのに試合は大味。社畜時代もそうだったが、見れない日に限って名勝負があった気がする。
名勝負の目撃者になるのは難しい……なんて思いながら、選手権1日目は終わりを告げた。
【1日目】
(長崎)創成学園2―7富士谷(西東京)
(三重)こもの総合10―1三関学院(岩手)
(青森)亘星学院16―1専秀大玉無(熊本)