28.この打順の意図とは
富士谷000 00=0
東山菅300 03=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣―仙波
「いや~天才に挟まれるって辛いわぁ~」
二死二塁、なんとも言えない微妙なチャンスで、俺――鈴木優太の打席が回ってきた。
嫌なんだよなこの打順。かっしーがよく打つからチャンスで回ってくるし、後ろにはつよぽん(堂上)がいるから、美味しい所は持っていかれる。
いやー本当に嫌になるね。
「おっしゃぁーす」
ブラスバンドが奏でるSEE OFFと共に、適当に会釈して右打席に入る。
投手はノッポの板垣パイセン。ま、無理して長打を狙う必要はないっしょ。
俺は四球か単打でいい。つよぽんが決めてくれるし、かっしーならまたチャンスを作ってくれるから。
狙い球は特になし。
タイミングはストレートで取って、変化球には腕で合わせて、コースには逆らわない。
打撃には色々な考え方があるけど、俺は単打ならこれで打てる。
初球、真ん中に入ってくるスライダー。
見逃してストライク。こういう球をフルスイングしたら楽しそうだけど、せっかくのチャンスで軽率な打撃はできない。
決して、長打力に自信が無い訳じゃない。
ただ、かっしーからつよぽんに繋げる事が、このチームの最善手というだけ。
そして――その最善手こそが、俺を拾ってくれた富士谷にできる、唯一の恩返しだから。
二球目、外角高めに浮いたストレート。
レベルスイングを意識して、スッとバットを出してみる。
しっかりとした手応えを感じると、捉えた当たりはセカンドの頭を越えていった。
「おおおおおおおおおおお!!」
「ホームいけるぞー!!」
その瞬間、大歓声に包まれながら、かっしーは三塁を蹴って行った。
その行く末を、俺は一塁ベース付近で見守る事しかできない。
「亮司、バックホーム!」
ライトから好返球が返ってくる。
しかし、それ以上にかっしーの足が速い。流れるように足から滑り込むと、タッチは間に合わずに1点が入った。
打って投げれて走れる、本当にスゲー選手だわ。
「鈴木くんナイバッチ。流石だね」
のもっち(野本)が爽やかにそう言った。
俺はこの打順が嫌いだ。嫌いなんだけど――。
「ま、気楽に打たせて貰ってるからな~」
レガースを手渡しながら、そう呟いてみた。
※
ホームに生還した俺――柏原竜也は、ベンチに戻ると手厚く歓迎された。
「竜也、ナイバッチ」
孝太さんは、少しだけ嬉しそうにそう言った。
これで1対6。まだ苦しいが、待望の1点が入った。
やはり控え投手は荒っぽい。反撃のチャンスは十分にある。
「なんとか9回までやろう、なんて言わせませんよ。この試合も延長までやって、それで最後は勝ちましょう」
「竜也……」
俺は格好つけてそう言ってみた。
我ながら決まったと思った。その瞬間だった。
「「わぁあああああああああ!!!」」
今日一番の大歓声が湧き起こった。
一体何事だ、と思ってグラウンドに目を向けると、そこには――。
腰に手を当てて俯く板垣さん。
手首をクルクルと回すレフト線審。
そして――無表情でダイヤモンドを一周する、堂上の姿があった。
「いやー、やっぱ嫌いだわ、この打順」
「ふむ……意見が一致したな。俺も不服だ」
6番・堂上のツーランホームラン。
コイツ……本当に一人で3点返す気かよ。空前絶後の負けず嫌いは伊達じゃない。
これで3対6、点差は再び3点となった。
「前言撤回、やっぱ9回で終わらせましょう。ただし、勝つのは自分達ですけどね」
俺はそう言って、口元をニヤリと歪めた。
富士谷000 003=3
東山菅300 03=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣―仙波
補足「レベルスイング」
バットを水平に振り抜く打ち方。
掬い上げるように振るとアッパースイング、叩き付けるように振るとダウンスイングと呼ばれる。